==> 国立大学独立行政法人 化に抗して
日経新聞記事へのコメント [reform:02215]より転載

日経新聞編集委員柴崎氏の10月25日記事へのコメント


片山@東海私大教連と申します。

「国立大学の設置形態の変更が高等教育や科学技術研究に対する国の責任の大きな後
退をもたらす」(和田肇名古屋大学教授、日経10月10日付「教育」)に関連してです
が、この点は確かにその通りだと思います。この表現をもじっていえば「国の責任の
大きな後退の影響を毎日受け続けている私立大学・短大」といえます。
先日私大助成の98年度配分結果が公表されました。
それによると経常費補助率は昨年比0.3ポイント落ちて11.8パーセントになったそう
です。
私大助成は、国公立の方はご存じないかもしれませんが、国会付帯決議で2分の1の補
助を実現することがいわれています。2分の1補助を98年度の数字から換算すると経常
費補助金額は大雑把にいって、1兆2400億円が必要になり現在の経常費補助金額にた
いし約1兆円が足りません。しかもこの経常費補助は私学助成法の補助対象となって
いる経常費項目だけですから、総経常費の2分の1補助を実現しようとすれば、国立学
校特別会計に投入されている1兆5千億と同額程度になるのではないかと予想します。

私立大学・短大に対しても国立大学と同様に1兆5千億の投入がされてしかるべきなの
です。私学助成法の趣旨からいっても、国会決議からいっても、至極当然なのです。
ですから、私は「国公私立という設置形態の違いで財政配分や制度上の格差をかかえ
てきた」(日経 柴崎氏)という「格差」や「不均衡」(同 柴崎氏)ではなく「差
別」と表現しても良いのではないかとさえ思います。私立大学・短大に1兆5千億の資
金が投入され続けたら、「民間の発意に期待しがたい基礎的研究」が私立大学・短大
でも大いに展開できるものと確信しています。
なお、「全国各地域における高等教育機会の保障」は、むしろ私立大学・短大こそが
それを保障してきたという自負を私は持っています。457の私立大学と503の短大は、
文字通り全国各地域に所在しています。「各都道府県に整備されてきた国立大学は地
域社会の高等教育機関として一定の役割を果たしている。」(日経10月10日和田氏論
文の掲載されている教育欄の囲み記事、(横)という署名が付いています)と誰もが
考えていますが、同時にその隣にある私立大学・短大もまた「地域社会の高等教育機
関として一定の役割を果たしている」のです。

独立行政法人の問題は確かに直接的には国立大学の問題であるわけですが、「国立大
学の」という枕詞をつけるとによって「国立大学だけ」の問題に矮小化され、日本の
高等教育全体の問題として、あるいは「文化に関係している」(同上和田氏)問題と
して議論されなくなるのではないかと思います。「国立大学の設置形態の変更には、
その先に民営化=私立大学化もあるといわれている」(同上和田氏)とすれば、民営
化されている私立大学で働き、劣悪な条件の下で苦闘している教職員からいうと、ま
さに、「国立大学だけ」の問題としてとらえられかねないのではないかと思います。

私立大学・短大に働く教職員(理事者がどう思っているかは知りませんが)もまた、
国立大学同様「国民の、国民による、国民のための大学」たらんことを願っていると
確信しています。(なお、私は「国民」という言葉が好きではありません。外国(籍
)人を無意識に排除させる機能を持っているように感じるからです。引用なので使い
ました。)