==> 国立大学独立行政法人化に抗して
12月10日北大理学部・理学研究科意見交換会の感想 ==>要約

12月10日北大理学部・理学研究科意見交換会の感想

12.10 17:30-19:20
以下は、意見交換会であった意見の一部の紹介と、それへの辻下の感想である。
出された意見を網羅する意図はない。なお、その前に開かれた理学研究科教授
会(教授のみ出席)および理学部教授会(講師以上出席)で、動議に関連する
質疑の中で研究科長が表明された見解は別ページに記載する。

【まとめ】
各専攻での意見交換の紹介から始まった。数学専攻では過半数の教官が出席し
た拡大教授会で「現状のような、十分な議論・検討が行われないままに拙速に
実施を決定しようとしている独立行政法人化については反対である.」ことと、
「北海道大学での意志決定に関しては本学構成員全員の意見を十分汲み上げる
ことを評議会及び総長に要望する」という2点が決定されたことが報告された。
他の専攻では、一部の教官の意見が詳しく紹介された。印象的なものとしては、
このプロセスにどこかでストップをかける必要がある、具体的時期を設定しな
いと議論がしにくい、独立行政法人化とは別に大学の理念を論じる必要がある、
欧米と同じことがいいことなのか、今何をすべきかは人によって考えが違う、
文化の継承という観点から独立行政法人化反対、等々。

その後、独立行政法人化とは直接関係のないところから議論が始まり心配した
が、やがて独立行政法人化問題についての議論が始まり活発な意見交換ができ
た。総括すると「北大は学長が反対の立場を変えていないのだから、現段階で
学内や部局内での意見集約という困難な作業だけに全力を使うべきではない。
むしろ、国公私立大学全体を視野に入れた大学制度の設計に取り組むこと、研
究者の新しい活動の場を模索すること、あるいはまた、国立大学が日々努力し
てきたが学会以外に発信することを怠ってきた無数のことを学外に向けて発信
し始めること、等に力を注ぎ、長期戦に備えなければならない。」となる。意
見を外部に向けて発表するという方向に議論が動き始めたところで時間切れと
なり、その方向の検討を続けてはどうかという研究科長の提案があり、世話人
として辻下が指名された。

以下、いくつか印象的な意見を紹介する(〔〕内はコメント)

【国立大学の現状について】
国立大学は悪いことを沢山してきた。このままではだめだが、独立行政法人化
では、国立大学がしてきたよいことまで一緒に壊してしまう。悲観的状況だ。
適切な学術的評価が欠けていることが問題だ。
〔評価結果に学術的に反論できるシステムでないといけない。評価システムは
評価への適応に熱心な者だけを増す危険性を持つので、単純な解決は難しい。
ましてや、総務省の政治的評価が最優先される独立行政法人の評価は論外と言
える。〕

【第二藤田宙靖論文について】
10月25日の九州大学との懇談会で藤田宙靖氏が行った「国立大学の独立行
政法人化問題について」という講演の紹介があった。
〔この論文は文部省案受け入れることが国立大学の実質的に唯一の選択肢であ
ることを色々な理由を挙げて説いているが、問題点の核心である「総務省によ
る評価」について一言も触れていない。これは意図的としか思えず、直接藤田
氏に公開質問状の形式で問い合わせた。〕

【危機感・なすべきこと】
「危機」を防ぐためであっても研究が犠牲になるとすれば問題でないかという
趣旨の意見があった。
〔「大学の将来を決めるプロセスが急速に動いているこの時期に、その動きに
注視し必要な即応した行動をとるには片手間では無理」と感じているが、危機
感は主観的なものであり、また、危機感の下で何をすべきかは人の数だけ解答
がある。大学崩壊後に文化をどのように継承していくかを真剣に考え始めてい
る人もいる一方、生き残りを掛けて研究に邁進している人も少なくないと思わ
れる。ただ、意欲・能力・勇気・努力の限界以外には何にも制約されない研究
と教育の場をこれから世代の人達から奪う点で、独立行政法人化は看過できな
い。これを避けるよう努力することは我々国立大学在籍者に課せられた自明な
義務だと思う人は少なくないはずだ。〕

なお、「情勢は厳しく独立行政法人化は不可避だからこのような意見交換会も
時間の無駄」という意見もあった。
〔責任の一端は自己にある近未来の決定を「不可避」と断ずることはできない
ように感じる。大学が自ら独立行政法人化を選択しないかぎり、独立行政法人
化は実現されないこと自明なことだ。拙速なプロセスを監視し続けるとともに
独立行政法人化の本質を理解することに努め、見事な包装紙に包まれた大学も
どきの独立行政法人大学か、色あせた包装紙に包まれた国立大学か、のいずれ
かを購入するよう突然短時間に決断を迫られたときに、包装紙に惑わされず国
立大学(と日本文化)を創造的破壊の手から守ることができるように、頭の準
備と心の準備とを怠らぬよう大学全体として努めて欲しいものである。〕