国立大学独立行政法人化の諸問題国会情報 visits since 2002.4.26
第154回国会 文部科学委員会 第6号(2002/04/05)


河村委員長 次に、石井郁子君。

石井(郁)委員 日本共産党の石井郁子でございます。  遠山大臣は、この間、人材・教育・文化大国と二十一世紀科学技術創造立国を実現するには、知の創造と継承の拠点である大学の役割は極めて重要でありますということを述べておられるわけでございます。きょう、私は、この問題に関係して質問をしたいと思っています。御答弁は、そういうわけで大臣にお願いしておりますけれども、基本的な認識を問う形での質問ですので、どうかよろしくお願いをいたします。

 大臣がおっしゃっておられますように、私も、我が国の科学技術の発展のために大学の果たす役割は極めて大きいというふうに思いますけれども、改めて大臣のこの御認識について確認をさせていただきたいと思います。

遠山国務大臣 日本の大学は、これまでも学術研究あるいは人材養成などの面で日本の発展に寄与してきたところでございますが、新たな時代におきまして、国民や社会の期待にこたえて、さらに一層その使命を果たしていくことも求められているところでございます。

 特に、今日の日本の経済財政状況が低迷を続けて、社会全体が決して明るくない中、社会の活性化のためにも大変大きな期待が大学に対して寄せられていると理解いたしております。

 このような期待も受けまして、また知の時代とも言われる二十一世紀に入りまして、人材・教育・文化大国、科学技術創造立国を目指す日本にとって、知の創造と継承を目指している大学というものの役割は大変重要であるということは、これまで述べてきたとおりでございます。

石井(郁)委員 大事である、重要であるという御認識は重ねて伺ったわけですけれども、問題は、やはり研究予算でどのようにそこがちゃんと保障されているかということだと思うんですね。私は、大臣の答弁を裏づける予算となっていない、今日本の最大の問題があるというふうに考えております。

 主要国における研究費の対国内総生産、GDP比、この割合を見ますと、日本は三・一二、アメリカが二・六五、ドイツ二・三七、フランス二・一七というふうになっていて、日本が最高なんです。

 問題は、この研究費がどの分野で支えられているかだということでございまして、研究費の組織別負担割合で見ますと、政府の負担の割合と民間の負担割合があるわけで、日本の場合の政府の負担割合は二一・九%、民間が七七・八%なんですね。主要国の中で、政府の支出というのは一番少ないんです。アメリカでも二七・八%、フランスで三八・七%ですから、日本の場合、民間依存型だ、大学の研究費が極めて低いということがあると思います。

 事実、平成十三年の科学研究調査報告書を見ますと、平成十二年度の研究費は、会社等が十兆八千六百二億円、大学等は三兆二千八十四億円にしかすぎません。会社等は対前年比で二・二%増ですけれども、大学の伸び率はゼロ%。これは、国立、私立、公立で組織別にさらに見ますと、公立は対前年度二・二%増、私立も〇・三%増ですけれども、国立は〇・七%減です。

 私は、こういうことでは、大学の役割を幾ら強調しても、やはりその裏づけるものがないじゃないか、大臣の御答弁と余りにも違うんじゃないかと言わざるを得ないわけですけれども、いかがですか。いや、これは大臣にお聞きしていますから、基本認識で。

遠山国務大臣 平成十三年の科学技術研究調査によりますと、日本の研究費の支出総額は十六・三兆円、対GDP比で三・一八%でありまして、欧米に比べても高い水準であります。

 今お話しのように、その中の負担割合を見ますと、政府の負担につきましては、日本は諸外国に比べて十分でないわけでございます。日本は民間による研究開発活動が活発であること、それから欧米諸国は国防研究費の割合が高いなどから、単純には比較できないわけでございますけれども、国防研究費を含めた政府負担割合でいいますと、欧米諸国において二七%から三九%でありますのに対して、日本は約二二%と低い状況となっております。

 政府の研究開発投資のGDP比は近年かなり改善されつつございまして、欧米主要国の水準に近づきつつあるわけでございますが、例えばアメリカが〇・七三%、フランス〇・八三%、ドイツ〇・八一%という状況に比べますと、〇・六九%でございまして、依然、欧米諸国に比べて低い状況であるわけでございます。

 このような状況を踏まえまして、第二次科学技術基本計画におきましては、対GDP比率で少なくとも欧米主要国の水準を確保しようということで、平成十三年度から十七年度末までの政府研究開発投資の総額を、一定の条件を前提として、二十四兆円とすることが必要とされているわけでございます。

 我が省としましては、今後とも、必要な予算の獲得に努めますとともに、産学連携等の施策を通じて、民間の研究活動とも連携をとりながら、国全体として研究開発が活発に進むようになりますように施策を講じていくつもりでございます。

石井(郁)委員 私は、政府の負担割合が余りにも低過ぎるということや研究費が少な過ぎるという問題を強調しているわけですけれども、その結果、今、大学の研究環境、本当にひどい状況というか、深刻な状況にあるというふうに思うんですね。

 ちょっと一例を挙げさせていただきます。

 これはノーベル賞をとった野依教授の名古屋大学でございますけれども、地球水循環研究センターができているようなんですけれども、この冬に、予算不足でボイラー暖房が中止される、各研究室がストーブで暖房をとる、だから、ストーブというのは、そばに行くと暖かいけれども、暑いけれども、離れると寒い、ぶるぶる震えながら研究活動をしているという話で、研究費が削減されて、毎年捻出していた百万円の暖房費も出なくなった。だから、企業からたくさん外部資金をもらえる研究室はいいけれども、気象とか海洋の水の循環に着目した基礎研究の環境というのは劣悪だ、これでいいはずがないということなんですね。

 こんな状態が放置されている。私は、これでは本当に日本の未来というのは思いやられる、まさに、このぶるぶるじゃないけれども、肌寒さを感じるわけでございますけれども、こういう実態、大臣、どのように思われますか。

遠山国務大臣 いかに、とにかく研究費についてはしっかり増を実現していこうということでやっているかということでちょっと御説明させていただきますと、科学研究費補助金、平成十四年度の予算額、先般決定していただきましたけれども、これは対前年度百二十三億円増で千七百三億円となっておりまして、近年にない増を見ておりますし、それから国立大学等施設の問題につきましては、重点的かつ計画的に整備しようということでございまして、十三年度の第二次補正予算額で三千八百二億円計上いたしました。また、十四年度予算額におきまして、千四百六十四億円、これは対前年度四百五十一億円増ということでございまして、これも画期的な手当てでございます。

 もちろん、今、五年計画も始まったところでございまして、これから順次研究環境の充実、研究費の充実に向けて力を注いでまいるわけでございます。その意味で、国費による研究の充実を図るために、これからも力を入れてまいりたいと思います。

 個別の問題につきましては、もし必要であれば副大臣の方からお答えをいたします。

石井(郁)委員 確かに、二次補正ですとかいろいろな形で一定の予算がついているんですけれども、やはり大事なのは、教育研究の基盤の校費、積算校費という問題なんですね。

 それで、いかに今これが細っているかという問題で、これは白川教授が総合科学技術会議で述べられたことを私は御紹介したいと思うんですが、ノーベル賞でいうと、白川教授、野依教授と続いて大変喜ばしかったわけですが、その先生方は、本当に若い時代にそういう研究の萌芽ということを、研究をされたということなんですけれども、こんなふうにおっしゃっているわけですね。

 その萌芽的研究がどういうお金で出てきたか、これは助手の立場ですから、教授がいただいている講座費、つまり、その当時でいう教官当たり積算校費、現在では教育研究基盤校費というふうに言っていますけれども、そういう校費から出ていると。これはプロジェクト研究でもないし、競争的資金からでもない、こういう自由な発想のもとに自発的に使えるお金で研究が行われていたということが非常に重要だということなんですね。教官当たり積算校費が、やはり非常に限られている、十分ではないということで、今後も配慮していただきたいとわざわざこの総合科学技術会議で述べていらっしゃる。

 これはつい最近のことで、昨年の暮れですけれども、十三回の会議でもこのことに触れておられまして、もともとこの教育研究基盤校費というのは、学生数あるいは教官当たりということになっていますけれども、十四年度予算を見ると、前年度と同じだと。本来ですと、科学技術の最も基礎になる部分の研究費あるいは教育費が全く伸びなかったというのは、大変残念だ、平成十五年度にはぜひこのことを考慮して予算を組んでいただきたいということなんですね。

 だから、この間、こうした積算校費というのは据え置かれていて、実質にはマイナスです。だって、院生数なんか伸びているわけですから、マイナスなんです。十四年度予算では微減だ、こういう状況を放置して、いろいろ重点配分だとか科学研究予算とか言っても、やはり大学の最も基礎的な部分で本当に研究が保障されないというか、問題があると思うんです。

 だから、大学の役割を重視重視というふうに幾ら言われても、具体的にこういう場面でそういう保障がないじゃないかということがありますので、本当にこの部分を今後飛躍的にやはり増額していくという点での、私は大臣の御決意をぜひ伺っておきたいと思います。

遠山国務大臣 白川先生が御指摘になりましたように、研究者が自由な発想に基づいて行います萌芽的な研究というのは大変重要でございまして、こうした日常的な研究教育活動を支えます経費である教育研究基盤校費、平成十二年度に従来の教官当たり積算校費と学生当たり積算校費を統合してできた経費でございますが、この校費はこの数年横ばいとなっていることは、委員御指摘のとおりでございます。

 それでも二千二百億という額がこれに投入されているわけでございますが、他方、文部科学省といたしましては、従来、基礎研究につきまして、研究者個人に対する科学研究費補助金を初めとする競争的研究資金の充実に努めてきたところでございます。

 さらに、これは大変大きな制度改革だと思いますけれども、平成十三年度には間接経費を導入したわけです。これは、競争的研究資金に上積みをして、オーバーヘッドを支給するということによって、学内の今お話しのような点の経費に使うことができる、そういう形で研究環境の一層の充実を図っているところでございます。

 我が省といたしましては、基礎研究の推進のために教育研究基盤校費の果たしている役割にかんがみまして、今後ともその確保には引き続き努力をしたいと考えます。

石井(郁)委員 白川先生も野依先生も、その受賞のきっかけとなった研究というのは非常に若いときで、それぞれ三十一歳とか二十八歳というときなんですね。だから、大学で、まさに講座であったり、それはいろいろ研究組織はありますけれども、共同的な研究をする、そういう研究環境を整えるというのは本当に大事なことだということを私は重ねて強調しておきたいというふうに思います。

 さて、きょうは、大きな問題としても出ております国立大学法人問題で次にお尋ねをしたいと思っております。

 私は、高等教育の予算確保という、これが政府の最も基本的に果たさなきゃいけない責務だと思うんですが、その部分が非常になおざりにされていて、この間、制度いじり、改革いじりということが続けられました。大学は、今スクラップ・アンド・ビルドということまで持ち出されて、大変大きな問題に突き当たっているわけですね。しかし、今日の大学を、いろいろな問題を困難にしてきたあるいは疲弊させてきたのは、私はやはり文部科学省に非常に大きなその責任があるというふうに思うわけですね。

 新しい「国立大学法人」像について、これは中間報告に対してパブリックコメントが発表されましたけれども、それを見ますと、本当にこの間の大学関係者のうめきともいうべき声が私はそこからよく読み取ることができたわけであります。

 一つ御紹介しますけれども、不毛な大学改革を繰り返してはならないというコメントがございました。大学審答申を受けて一九九〇年代に進行した大学改革、特に設置基準の大綱化と大学院重点化に対応するために、国立大学の教育研究現場の全域が行政的活動に忙殺された、しかし、それが一段落した今、冷静に見渡すとき、労力に値する実質的成果は見出しがたい、むしろ大学改革は、高等教育予算の大学間格差の増大、居場所のない大学院生の増大、若手研究者の就職難、全学教育の弱体化等々、国立大学全体にゆがみを発生させた、これらのゆがみの是正問題は、大学社会の重い負担となっているだけではなく、苦い大学改革経験全体が大学社会の士気を低めたという、国立大学法人化はこうした不毛な大学改革と本質的に違うところがあるのだろうかという声がございました。

 私は、本当に改めて、この間の文部科学省が進めてきた、文部省が進めてきた改革というのは一体何だったのかという検証が要ると思っているんですね。それは、きょうはその議論はしませんけれども、私は、文部科学省としての反省と責任というのは本当に明らかにされるべきではないのかということを強く思っているということをきょうは申し上げまして、中身の方の質問に入っていきたいと思います。

 それは、一つつけ加えますと、有馬元文部大臣が、教養部の解体、国立大学の教養部を解体しましたよね、これはもう失敗だったということも述懐されていらっしゃるわけでしょう。だから、いろいろそういう問題がありますので、今後それはきちっと検証されるべきだというふうに私は思っております。

 さて、きょうは、三月二十六日に、新しい「国立大学法人」像についてという国立大学等の独立行政法人化に関する調査検討会議の最終報告が出されましたので、その内容に沿って、主に目標と評価について私は質問をしたいと思っています。この最終報告には非常に重大な内容もたくさんございますけれども、きょうは、とりあえずこの目標と評価ということで質問をいたします。

 まず、この中期目標なんですね。これは文部科学大臣が定めるということになってございます。こう書いていますね。中期目標は、大学が中期計画を策定する際の指針となると。だから、目標があって計画をつくらなきゃいけないわけで、計画をつくるときの指針だと。大学の実績の評価基準となる。しかも、その評価は、その後の大学の改廃、予算配分に直結するというもので、私は大学の教育研究のまさにかなめとなる問題だというふうに考えているわけですね。

 さて、そういう問題をどうして大学ではなくて文部科学大臣が決めるということになるのでしょうか。つまり国が大学の目標を決めるということは、私は聞いたことありません。大変これは重大な問題だというふうに思うんですが、いかがでしょうか。

遠山国務大臣 中期目標、中期計画につきましては、独立行政法人通則法によりますと、中期目標といいますものは、主務大臣が定め、当該独立行政法人に指示するということとなっております。これに対しまして、調査検討会議報告におきましては、国として責任を持って所要の予算を行いながら、事前関与は最小限に限定するという独立行政法人の考え方を維持しながら、国立大学法人につきましては、大学の自主性、自律性を尊重する観点から特例を考えているわけでございます。

 中期目標と中期計画は、あらかじめ各大学において一体的に原案を検討することとされております。

 そして、中期目標につきましては、文部科学大臣は、各大学から提出された原案を十分に尊重し、大学の特性に配慮して定めるということになっております。通常の独立行政法人の場合は主務大臣が指示するとなってございますけれども、国立大学法人につきましては大学の特性に配慮して定めるという表現になっているわけでございます。

 そして、中期計画は、各大学が最終的に確定した中期目標に基づいて作成し、文部科学大臣の認可を受けることとされているところでございます。

 さらに、この報告によりますと、このような各大学の自主性、自律性を尊重するための仕組みを制度的に担保いたしますために、中期目標の作成手続につきまして幾つかの提言がなされているわけでございます。

 一つは、大学から文部科学大臣への事前の意見の提出をすること、ですから、文部科学大臣が大学からの意見を待たずに定めるということはあり得ないわけでございますし、二つ目には、文部科学大臣に対する大学の意見への配慮義務というものが明記されております。また、三つ目には、文部科学大臣に対する大学の教育研究等の特性への配慮義務ということでございまして、これは、大きな国の組織としての国立大学法人である以上、何らかの国の関与は当然必要なわけでございますが、その際に、大学の自律性、自主性というものを十分に尊重しろということで明記されているわけでございまして、私どもといたしましては、その考えを尊重しながら、今後の制度設計をきちんとやっていきたいと思っております。

石井(郁)委員 配慮するということを言われたんですけれども、しかし、大学と大臣とでその意見が違うという場合はあり得ると思うんですが、その場合はどちらが優先されるでしょうか。

遠山国務大臣 まだ起きていないことについて想定されての議論というのは、なかなかコメントをしがたいわけでございますが、私は、大学の自主性、自律性というものを十分尊重しながら、しかし、国としての役割というものももちろんあるわけでございまして、そこは両者で十分話し合い、そしてある合意に達して私はこの問題というのは解決すべきだと考えておりまして、どちらが優位かというような議論は、この面については当たらないのではないかと思います。

石井(郁)委員 現実にはそういう問題が起きてくるわけですよ。起きてくるということを十分考えてこの事柄を進めていかないと、それは大変な問題ですよ。

 配慮した結果、必ずそういう計画も認める、文部大臣がやはり定める、認めるということになっているわけですから、これも、配慮した結果、例えば大学の意向は認めるということになるのでしょうか。大変重要な問題ですから、ここのところもお聞かせください。

遠山国務大臣 大学がいろいろな夢を持ち、そして目標を持ち、プランを持つということも大事でございますけれども、それがどのような内容であるかということによりまして、非常に巨額の支出を要するようなものというものを国として将来の計画として認め得るかというような問題も生じてまいりましょうし、いろいろな事態が想定されるわけでございますけれども、しかし、そのことについては、私は、十分相互に協議をし合いながら、大学の本来の目的を達成するため、そして国として大学を支える、そういう両者の立場を十分にいつも勘案しながら、この目標について定めるというときにおいては十分留意をなされるべきでありますし、また配慮義務というものはそのことを前提として今回明言されているものと考えております。

石井(郁)委員 私は、尊重するということを幾ら口で繰り返しても、実際決めるのは文部大臣ですと、ここがやはり重要なんですね。だから、本当に大学の意向を尊重するとか、研究や教育というのは自主的、自発的なもので、大学自身が目標自身をしっかり持つべきものだというふうに考えたら、なぜ目標をやはり国が定めるということになっていくのか。それは必要ないことなんですよ。あえてそこを入れるということは、どういってもやはり国が目標を定めるということに違いないわけですね。

 だから、例えば大学の意向と違った場合には、それはもう絶対国の方が優先するというお答えなんですね。

遠山国務大臣 いろいろな制度についていろいろな見方があるものだなとつくづく伺いながら考えたところでございます。

 この新しい「国立大学法人」像についてというレポートは、三月二十六日に出されましたけれども、これは国立大学等の独立行政法人化に関する調査検討会議という会議体で十分に議論をされ、五十数回に及ぶ、専門家、ほとんどがこれは大学人でございます、大学人がみずから自分たちの制度の将来について真剣に議論をして到達した一つの結果が、今議論になっておりますような中期目標の定め方であり、中期計画の定め方であるわけでございます。しかも、その中に尊重義務、配慮義務、それだけのことを明確にうたって、そして大学人の間での合意を得て、今回の調査検討会議のレポートが出たわけでございます。

 他方で、国としては、国立大学法人であるのであれば、これは国費を支出する必要があるわけですね。そのときに、大学側だけがある計画を持って巨額なものを言ってくる、そういうものをそのまま認めるということが一体可能でしょうか。

 そういうふうなことも考えますと、やはり十分に協議をした上で、しかし、大学側の自主性、自律性というものを配慮しながら国としては対応すべしという今回の、私は、このレポートの目指しているところというのは、国の責任と大学の自律性、自主性というものを認めていくという関係におけるぎりぎりの選択であるというふうに考えております。

石井(郁)委員 今、例として、巨額な予算を伴うプロジェクトを出された場合というふうに言われましたけれども、逆に言うと、やはり予算に関連してこの目標というのは決められるということもおっしゃっているわけでしょう。そうすると、やはりそういう目標というのは、研究予算とも関係してというか、まさにかかわって決められるものだ。だから、そこに国として、これはいいとか悪いとか、あるいはこれはできるとかできないとか、もう少しこれは考えてくださいという場面が出てくるということが大変懸念される重大な問題だということなんですね。

 本当にこの問題は重大だというふうに思いますけれども、昨年の中間報告が出されたときにも、こういう方向でいいのかというところでは大変意見が出されまして、国立大学協会自身も、大学としての基本的な理念、目標まで文部科学大臣の認可を得なければならないという、これはおよそ他に類を見ないぶざまな制度になってしまう、こう言っているわけです。これは、パブリックコメントにしっかり出された意見表明でございます。

 だから、私はまさにそのとおりに今なっていると思うんですよ。目標を国が定める、計画も文部大臣が認可をする、こういうことで本当に大学の自主的な教育研究というのが発展するんだろうかという問題なんですね。

 では、角度を変えて伺いますけれども、欧米諸国ではこうした大学の目標を国が決めるというところはあるのでしょうか。ちょっと簡単にお答えいただきたいと思います。

遠山国務大臣 まず、その国が決めるかどうかというとらえ方でございますけれども、国が一方的に決めるものでないということは、るる御説明したとおりであります。

 そもそも各国の大学制度といいますものは、その国の社会、経済、文化などのあり方と密接に関係をしながら、さまざまな歴史的な変遷を経て、その国固有の制度として発達してきているのであります、これは釈迦に説法かと思いますけれども。したがいまして、国によって個々の仕組みというのは多様であるわけでございます。

 しかし、各国とも、国の政策と大学の自主性との整合性を図るための何らかの仕組みが設けられているところであります。例えば、米国の州立大学におきましては、州知事が理事を任命するというような理事会方式をとっておりますし、フランスの国立大学等におきます政府との契約方式などが知られているところでございます。

 欧米諸国でも、独立行政法人通則法のように、政府が大学に対して一方的に目標を指示するというような仕組みの例は見られないところであります。しかし、今回の報告書で言っているところの大学の自律性、自主性を尊重した上でという制度のあり方というものは、私は、他国と比肩して、問題があるというふうには考えないところでございます。

石井(郁)委員 これは文科省がよく御存じだと思いますけれども、国立学校財務センターが大学の設置形態と管理・財務に関する国際比較研究というのを出されておりますけれども、それを見ますと、やはり独立行政法人のような法人類型を大学に適用している例はないということと、それから目標とか計画の認可とかという形での独立行政法人的手法をとっている例はアメリカやヨーロッパにはないということをはっきり書いておりますよね。

 だから、そこら辺はいろいろあるかもしれませんというか、アメリカの場合、言われましたように、一定州の意向とかが反映するような仕組みは持っていると思います。仕組みは持っていると思いますけれども、やはり目標を州政府が決める、まさに大臣が決める、こういうことはないんですよ。ここははっきりしておかなくちゃいけないと思います。

 盛んに大臣がおっしゃるように、大学の自主性を尊重するということなんですが、尊重するというのはどういうことになるかという仕組みは全然不透明ですよ、その手続も何も。でしょう。だから、その限りでは、幾らそういう言葉を繰り返されても、本当にどう尊重されるかというのは全然納得がいかないことになるわけですね。だから、事問題は、やはり学問の府としての大学の学問の自由、自治、それがどう保障されるかという問題ですから、やはりきちっとしておかなくちゃいけない問題だというふうに思います。

 私は、きょうはもう一点、評価のことなんですが、これも大変驚きまして、最終報告では評価の主体として国立大学評価委員会が設けられますよね。これは文部科学省に設けられるということになってございます。

 私は、先般の質問でも、いわゆる国公私トップ三十のところで、あのときも、審査委員会が文部省内に置くということになっていたので、本当にこれは驚きまして、これでは第三者評価機関にならないということで、省外に置くというふうになったかと思いますけれども、あのトップ三十は世界的教育研究拠点の形成のための重点的支援と名前はトップ三十からこういう長たらしい名前に変わりましたけれども、こういう議論もあったのに、この国立大学法人の評価は文部省内に置く、それで国立大学評価委員会で評価をする、これはまさに文部省としての管理統括下に置くというそのものだというふうに思うんですが、いかがですか。なぜ今回文部省に評価委員会を置くというふうにされたんでしょうか。

遠山国務大臣 二十一世紀COEの評価につきましては、文部省の外で、そして専門家によって評価されるようにということで、今その方向で制度化が進んでおります。

 これは、教育研究の内容を評価するということでございまして、私は、それは行政がかかわることではないという信念のもとに外側につくるということにしたわけでございますが、今回の評価委員会の中におきましても、その報告の中にきちんと書いてございますが、教育研究に関する評価については、外部の専門的な機関である大学評価・学位授与機構を活用することと明示されているわけでございます。

 それでは、なぜ国立大学評価委員会を文部科学省に置くかということでございますけれども、文部科学省には所管の独立行政法人全体の評価に当たる独立行政法人評価委員会があるわけでございます。これは各省一つずつ持っているわけでして、その傘下の独立行政法人の評価についての任務を負っているわけでございますが、国立大学法人化に際しましては、先般の調査検討会議からいただいた報告書によりますと、それとは別に、国立大学評価委員会、これは仮称でございますけれども、それを設けて、その委員会が各国立大学法人の評価を行うというふうにされているわけでございます。

 したがいまして、各省に置かれるような独立行政法人の評価委員会とは全く性格の違うものを新たに置いて、そこは大学の自主性でありますとか特殊性というものを勘案した上で評価が行われるようにするということであります。それで、そういう別途のものを置くことによって、大学の特殊性、あるいは国立大学法人の場合、大変規模も大きいわけでございます、そういったことも踏まえて、より効率的、効果的な評価を実施するために、そういう形をとることとされたところであります。

 また、調査検討会議の方からは、国立大学評価委員会につきまして、先ほど申しましたように、教育研究に関する評価については外側の機関を活用します、そして、社会、経済、文化等の幅広い分野の有識者を含めて、大学の教育研究や運営に関し高い識見を持つ者によって構成する、構成メンバーも、それは公務員がやるということではなくて、大学についての高い識見を持つ人がやるということ、それから、構成員の選任に当たっては、国際的な水準の活動に従事した経験を有することなどを基本要件とするということでございまして、国立大学にかかわる評価委員会のあり方自体が、公正でかつ専門家の目によるものであって、行政の恣意にわたらないようにという十分な配慮がなされるべきである、そういう提言でございまして、私としては、これは十分に尊重していかなくてはならないと思っているわけでございます。

 国立大学法人は、国の事前関与はできるだけ少なくして、事後評価によって運営費交付金の算定に反映させる仕組みとされているわけでございまして、国立大学評価委員会が文部科学省に置かれるといたしましても、大学の教育研究の特殊性に十分配慮された内容となるものと理解しているところでございます。

石井(郁)委員 大変時間がなくなりまして、私は、評価の問題はなかなか込み入っている、少しきちんと議論をしなきゃいけないと思っているんですけれども、国立大学法人の場合、総務省に設置されている政策評価・独立行政法人評価委員会の評価も受けることになるわけでしょう。それから、審査委員会もあり、それから国立大学の評価委員会もある。二重三重に評価のことがありまして、いろいろ言われましたけれども、私は、やはり独立行政法人通則法に引っ張られてこういう評価のいろいろな仕組みがつくられているというところが大変問題ではないかというふうに思っているわけです。

 それで、本当に、こういうような目標、評価の仕組みを持った法人で、学問の自由があり、そして大学の自治が保障されるのかどうか、ここが大変大事だと思うんですが、その一点だけ、最後に御答弁いただけますか。

遠山国務大臣 今回の国立大学法人の動きの背景には、国の行政機関の一つとしてある国立大学ではなくて、法人格を持たせ、自主性をさらに発揮させて、研究者のそれぞれの自由な発想による研究はもとより、教育についても、より濶達で、本来あるべき機能が十分に果たされるようにということで、いわばこれまでのいろいろな規制を外して、各大学が自主性を持ってやれるように、そういう理念のもとにできているわけでございまして、その全体像あるいはそのねらい、それからそういうことを確保するための非常に周到ないろいろな方策、手続等を全体として御理解いただければ、私は、今委員が御指摘のような御心配には当たらないとここで申し上げたいと思います。

石井(郁)委員 一言だけ。

 時間が来ましたけれども、この問題は、非公務員化の問題だとか、教学と経営の分離の問題だとか、それから、この最終報告には学生や院生のことが全く言及されていないだとか、本当にたくさんの問題がございまして、私は引き続き質問をしたいと思いますけれども、きょうのところは以上で終わります。