即時抗告申立書(2006年12月14日)概要

第1 法人は、仮に正式な手続を経ていなくても、日本語常勤講師を雇用更新することについて、本件講習会開催時点で、内部的な意思決定を経ていた。
第2 表見代理の成立が認められる。
第3 抗告人を雇い止めするには、解雇権濫用法理が類推適用されるというべきであり、かつ、抗告人を解雇する社会的相当な理由はないから、抗告人はAPUの常勤講師たる地位を有しており、地裁決定は明らかな誤りである。
1 地裁決定の特徴 
2 講習会における説明以外の積極事情について
3 積極事情、消極事情の総合評価
第4 本件労働契約は旧労基法14条に違反する。

第1 法人は、仮に正式な手続を経ていなくても、日本語常勤講師を雇用更新することについて、本件講習会開催時点で、内部的な意思決定を経ていた。

1 地裁決定は、法人が本件講習会(1999年10月24日開催の日本語講習会のことを指す。)に先立ち、日本語常勤講師については、希望があれば雇用期間を更新できる旨決定したことはないと認定している。

(1) しかし、A教授が、法人内部で決まってもいないのに、常勤講師の雇用更新という重大な問題について軽率に発言するということは、常識的に考えられない。しかも、A教授の説明は、法人自身が事前に用意した「質問リスト」に対する回答として、行われたものである。

(2)また、本件講習会にはAPU開設事務局の課長・課長補佐も出席していたが、A教授の説明について何らの異議や訂正もされていない。

(3)更に、地裁決定は、「立命館アジア太平洋大学講師(常勤)規定」を抗告人主張の意思決定の存在を否定する根拠の一つとしているが、同規定は明らかに本件講習会の後に作成されたものであり、本件講習会以前の法人内部の意思決定を否定する根拠とはなしえない。

(4)しかも、B教授の陳述書には、「大過なき場合は、任期終了後の公募を経た再雇用が認められる。」「以上の説明については、教員リクルート時の条件提示などに関する、当時の事務局側方針に依拠した内容であり、わたくし個人の独断で発言できる内容でない」等の記載がある。B教授が、法人が設置・運営する立命館大学に所属しながらも、敢えてこのような陳述をしていることを、地裁決定は不当に軽視している。この陳述書は、A教授の発言も、同様に法人の方針に基づくものであることを、強く推認させる。

2 更に日本語講習会の開催された目的についても地裁決定の認定は、実質的な掘り下げが不充分である。

(1)まず、本件講習会は、法人が、APU日本語教育担当予定者全員を招集して開催したものであり、海外居住者も含めて旅費、宿泊費等を法人が負担している。しかも、事前に質問リストまで作成し、その中に「4年後の更新について知りたい」と記載されている。一方、英語の常勤講師等については、開学前に一堂に集めるようなことはなされていない。APU開学に向けて、任用決定した日本語常勤講師の赴任を確保することが本件講習会の第一の目的であったことがうかがえる。当然、任用期間の更新について言及することが予定されていた。

(2)本件講習会が開催された時期は、2000年4月のAPU開学を控えた時期であり、日本語常勤講師の赴任時期は、2000年4月から2002年4月となっていて、長い人では抗告人のように2年半も先のことだった。法人は、APUが開学して後大量に入学してくる外国人学生の日本語教育をするために、任用した常勤講師を確保することが必要だったのであり、そのために赴任することが確定的でない日本語常勤講師に、赴任の決断をさせる必要があった。このような背景があったからこそ、わざわざ招集し、質問リストまで作成して常勤講師の質問に答えたのである。

3 本件講習会でのA教授の説明について、法人は執拗に争った。法人は、法人の意向に基づいてA教授が説明したからこそ、A教授が実際にした説明を否認しているとしか考えられない。

第2 表見代理の成立が認められる。

1 法人は、本件APUの教員募集に当たり、任用職名を「講師」と記載しており、任用通知には「常勤講師」として任用する旨が記載されている。通常は、「常勤講師」とは非常勤ではない講師つまり「専任講師」を意味し、専任講師と区別される特別の地位とは理解されていない。また、APU開学前は、任期付きの不安定雇用のポストが大学の中で一般的でなく、常勤講師=専任講師は、期間の定めのない雇用形態と理解されていた。こうした中で、抗告人らは、任用期間が文字通り4年間であるか否かについて理解できず、4年後の契約更新がなされるのか否かについて重大な関心を持っていた。

2 A教授の説明の法的意義について

(1) 地裁決定は、本件講習会は、労働契約の内容を追加、変更するような重要な事項を扱うことは予定していなかったとしているが、実態を評価すれば、本件講習会は、まさに労働条件の説明を含んでおり、労働契約の内容を追加・変更することも予定されていた。法人が、29項目もの質問リストを用意し、これに答える必要があったこと、それにより日本語教育担当者を確保する必要があったことが、不当に軽視されている。地裁決定は、(19)項のみに着目しているが、既に指摘したように、質問項目のほとんどが労働条件と不可分の項目であり、「懇談」の名称の下に、不明確であった様々な労働条件について説明している。その中で、現に、「4年後の更新について知りたい」との質問事項が用意されていたのであるから、更新ができるとの契約内容の説明は予定されていた。更には、法人は、着任直前を除いて、労働条件について説明する機会は、本件講習会以外には設けていない。

(2)また、地裁決定は、A教授の説明は、契約としての法律行為すなわち意思表示(申込)と評価することはできないとしている。(i)しかし、A教授の説明は、法人が開催した公式の場での説明である。更に予め用意された質問リストへの回答という形でなされた。しかも、抗告人ら赴任予定者には、辞退して赴任しないという選択も常にある中で、そのような選択をさせないことを意図してなされたものと考えられる。したがって、A教授の説明は労働条件に関する意思表示と評価すべきである。(ii)地裁決定は、法人が既に示していた労働条件を追加的に変更する旨言及した事実がないとして、法律行為がないとする。しかし、事前に準備された「4年後の更新について知りたい。」との質問項目に対するしA教授の回答が契約の内容であると理解することは、極自然なことである。(iii)また、地裁決定は、「A教授の説明を承諾するかどうかを日本語教育担当予定者に対し確認した事実」がないという。しかし、日本語常勤講師は、皆長期の契約を望んでいたのは自明であり、更新を望まない者は更新をしなければよいのだから、個別に承諾を求めるはずもない。(iv)地裁決定は雇用期間の更新について書面化 していないことを根拠にそのような契約がないと認定しているが、労働契約の実態を見過ごしている。表向きに任用期間4年として募集しているのだから、赴任を確保する等のAPUの都合によってそれと異なる更新の約束(特約)をしたからと言って、APUがそれを書面化することは期待できない。また、前述の通り公式の場で当日の集会の責任者であるA教授から明確な説明があり(A教授は、立命館大学言語教育センター所長であったが、自ら「APUの開学と同時に、APUの言語教育を統括する立場で同大学へ移籍する」と説明していた。)、事務方も出席していたにもかかわらず、訂正もされなかったのであるから、常勤講師らは、当然、契約の更新ができると信じて疑わないのが通常である。抗告人らに対し、わざわざ改めて内容の確認や、書面化を要求することまでは期待すべきでない。

第3 抗告人を雇い止めするには、解雇権濫用法理が類推適用されるというべきであり、かつ、抗告人を解雇する社会的相当な理由はないから、抗告人はAPUの常勤講師たる地位を有しており、地裁決定は明らかな誤りである。

1 地裁決定の特徴 

解雇権濫用法理の類推適用に関する地裁決定の特徴は、まず抗告人の主張する積極事情から有意な事情を選びだし、その有意な事情と、消極事情を比較考量し、継続雇用への合理的期待があったか否かを判断している点である。雇い止めの裁判例中、このような判断枠組みをとっているものは見あたらない。地裁決定の判断枠組みは、積極事情、消極事情を平等・対等に評価せず、積極事情を過小評価し、消極事情を過大評価し、抗告人の主張を認容しないために考え出された、特異な判断枠組みである。

2 講習会における説明以外の積極事情について

地裁決定は、継続雇用への合理的期待を抱かせる事情のうち、有意なのは、A教授の講習会における説明だけであり、その他の事情は、何ら継続雇用への合理的期待を抱かせるものではないとする。しかし、講習会におけるA教授の説明以外の積極事情も、すべて継続雇用への合理的期待を抱かせる事情として、重要である。抗告人の主張する積極事情の大半を有意でないと退けた地裁決定は、明らかに不当である。

(1)着任時の説明によっても、「再雇用」があるとの説明には、なんら変更はない。よって、着任時の説明は、十分、抗告人らの継続雇用への合理的期待を生じさせるものである。

(2)地裁決定は、勤務内容の重要性、契約上の地位、待遇をみると、常勤講師と教授らとの間には明確な差異があるとして、継続雇用への合理的期待を生じさせる事情ではないとする。しかし、常勤講師に保証された待遇、契約上の地位は、常勤講師に対し、みずからの継続雇用への期待を抱かせるに十分である。勤務内容の重要性は、臨時的ではなく今後とも継続的に存在する業務であるという意味で、継続雇用へ期待を抱く一事情になる。契約上の地位、待遇面でも、教授らと差異はあるものの、量的な差異にすぎない。契約上の地位は、その採用方法において、常勤講師は、教授らテニュア教員とまったく同等である。

(3)地裁決定は、本件講習参加者は確かに再任はされているが、無条件に再任されたわけではないから、継続雇用への合理的期待を抱かせる事情ではないという。しかし、多数の判例上も、裁判の当事者以外の労働者の再任状況は、継続雇用への合理的期待を判断する上で、重要な指標となっている。

(4)最後の更新時、抗告人は、最終の更新であることには同意しないと、明確に伝えた。最終更新時に、再雇用を求める意思表示をしておくことは、重要な行為である。地裁決定は、最終の更新時の説明が、積極事情として有意でないというが、まったく理解できない。

(5)抗告人の再任拒否後、あらたに日本語の教員を採用していることは、抗告人の雇用の場があったことを示す事情である。判例上も、解雇事件などでは、解雇後の再任状況は、解雇の必要性の有無を推認する重要な事情と位置づけられている。雇い止めも解雇の一形態であり、だからこそ解雇権濫用法理が類推適用される場合がある。よって、抗告人再任拒否後の事情は、抗告人への雇い止めが有効か否かを考える上で、重要な事実である。

(6)抗告人は、労働契約が当然更新できると聞き、継続雇用への合理的期待を抱いたからこそ、本件講習会からさらに2年半の長きにわたって、他大学への就職活動もせず、不安定な臨時講師の掛け持ちをして、APUへの着任を待ち続けた。この事実は、抗告人の継続雇用への合理的期待を裏付ける事実としても重要である。判例も、就職にいたった事情を、継続雇用の合理的期待を抱く事情として重視している。抗告人は、学者として、今後、研究実績、教育実績を積み重ねていかなければならない立場にある。テニュア教員の地位を得ていない抗告人にとっては、1年1年の研究実績、教育実績を積み重ねる時間が極めて重要であり、採用されてから3年半、講習会から2年半の時間は、とても長く、重要な期間であった。この貴重な期間を、臨時講師の掛け持ちという不安定な地位で我慢して過ごしてきたのは、APUにおいて、労働契約が当然更新される、安定した職を得ることができると期待したからに他ならない。そして、そのような期待を抱いたまま、4年間勤務した。このように、抗告人は、A教授の講習会における説明を聞いて、着任まで2年半待ち、さらに4年間勤務するなど、「引き返す ことのできない立場」におかれたのである。地裁決定は、このような事情を一切斟酌していない。明らかに、労働者の人間性を無視した不当な決定である。

3 積極事情、消極事情の総合評価

地裁決定は、講習会におけるA教授の説明の位置づけ、及び、その説明と消極事情との総合評価の仕方を、明らかに誤っている。まず結論を導く判断枠組みとして、積極事情、消極事情を総合的に評価しなければならない。それこそが、多数の判例によって確立された判例法理である。そして、総合考慮にあたっては、本件講習会におけるA教授の説明を正しく位置づけた上、その他、抗告人が主張する積極事情、さらには、A教授の説明によって抗告人が「引き返すことのできない立場」におかれた事情等を総合考慮すれば、抗告人には、継続雇用への客観的・合理的期待があったことは明らかである。

(1)地裁決定は、本件講習会におけるA教授の説明の位置づけを根本的に誤っている。同講習において、A 教授は、「本人が望めば定年まで更新ができる」とはっきり言い切っているのである。しかも、それは、APU自身が用意した「質問リスト」というペーパーに基づく説明である。そのような「質問リスト」が準備されたのは、募集要項等の書類では、単に任期が記載されているだけで、その後の更新の有無については記載がなかったので、更新の有無について、常勤講師らからAPUに対し、問い合わせがあったからである。このような経過をへて、法人が準備した「本人が望めば定年まで更新ができる」という回答を聞けば、抗告人らとしては、「定年まで更新可能な労働契約」と考えるのは、あまりに当然のことである。労働者は入社時、通常は、労務担当者や直属の上司から労働条件の説明を受けるであろう。本件において、A教授は、「立命館大学言語教育センター所長」であり、かつ、APUの言語教育の責任者であるという、上位の地位にある者と受け取れる肩書きをもって、上記説明をなした。しかも、同説明時は、APU開設事務局の課長・課長補佐も参加していた。また、同講習会は、採用され た常勤講師が、着任以前にAPUから雇用条件等の説明をうける最初で最後の機会であった。労働者としては、このような本件講習会における説明を聞けば、当然、契約の更新ができると信じて疑わないのが通常であろう。地裁決定は、「継続雇用について一定程度の期待」を抱かせる事情としか評価していないが、明らかに不当である。

(2)地裁決定は、A教授の説明は、口頭でなされたに過ぎず、書面はなく、契約書にも継続雇用を期待させるような文言はないから、同説明に対する抗告人らの期待は、減殺されると説く。しかし、これはあまりに書面の存在にこだわった杓子定規、かつ、労働契約の実態から著しく乖離した極めて非常識な判断である。地裁決定は、最高裁判決を含めた判例の蓄積を無視するものであり、到底是認できない。

(3)過去の裁判例は、「期間の定めのある労働契約」を締結している労働者に対し、解雇権濫用法理を類推適用し、救済してきた。契約書、常勤講師規定の定めは、本件雇い止めに対し、解雇権濫用法理を類推適用するにあたり、何の障害にもならない。このような契約書の定め、就業規則の定めを重視することは、過去の判例を明らかに無視するものというほかない。

(4)確かに、再任された常勤講師は、公募・再雇用という形式を経て、再任されている。しかし、公募・再雇用というのは、所詮、形式である。説明会に参加した常勤講師は、抗告人以外全員、再任されたのである。このような実質に着目すれば、抗告人が「自分も公募に応じれば再任される」と期待を抱くに十分である。

(5)A教授の説明を聞いた常勤講師にとっては、「公募に応じる」という行為は、再雇用されるための形式的手続に過ぎない。よって、上級講師、任期制教員の公募に応じる機会があったことは、継続雇用への合理的期待を何ら減殺させない。

(6)APUは、教員組織整備計画のもと、常勤講師の職位を廃止している。しかし、抗告人の行ってきた業務は、APUの基幹業務であるところの外国人留学生に対する日本語教育である。この業務そのものは、教員整備計画があろうがなかろうが、APUの基幹業務として存続し続ける。したがって、常勤講師の職位がなくなったからといって、抗告人の雇用の場が完全に失われるわけではない。地裁決定は、抗告人が雇用されると「教員組織整備計画の根本的見直しを余儀なくさせる」かのように判示するが、あたらしい組織体制において、抗告人にふさわしい職位を与えれば、それですむことである。したがって、教員整備計画と抗告人を継続雇用することは、両立しうるのであり、抗告人を継続雇用しても、何らAPUに対し、教員整備計画の見直しを強要することにはならない。

(7)以上、A教授の説明は、それだけでもって、抗告人に継続雇用への合理的期待を抱かせるのに十分である。そして、地裁決定が指摘する消極事情は、何らその期待を減殺させるものではない。よって、地裁決定は、明らかに誤りというほかない。

第4 本件労働契約は旧労基法14条に違反する。

地裁決定は、抗告人が示した通説・判例の見解を全く検討することなく、法人の主張をそのまま採用している。しかし、この点については、そもそも労基法14条に違反する長期の期間の定めは違法無効であるから、そのような契約は期間の定めのないものとなるとの見解すら存在する。これは、労働者の雇用の安定という労働法の基本理念に忠実な解釈であり、通説・判例も同様の理念を尊重した上でのものである。また、いずれも労基法の解釈として極めて条文に忠実である。これに対して、地裁決定の採用する、「労働者に解約の自由を認めつつ、雇用者側が労働者に対して一定の期間雇用を保障する事は、何ら旧労基法14条に抵触するものではない」との見解は、反面で、期間の満了により雇用契約が終了するという効果を肯定し、労働者側の重大な不利益を全く考慮しない不当な見解である。旧労基法上は、1年を超える期間の有期雇用が認められなかったからこそ、産業界の要請に答えて、平成10年改正により労基法14条の特例3類型(上限期間は3年)が認められることとなり、更には平成15年の改正により期間の定めの上限が1年から3年に変更され、特例も極めて多様化した(上限期 間は5年)。このように、法の改正経緯からも、地裁決定が採用するような解釈は、労基法違反の事実を何とか正当化するために殊更に主張されてきたものであり、解釈論としては、全く不当なものである。