即時抗告申立書 抜粋

                                即時抗告申立書

                            平成18年12月14日

福岡高等裁判所  御中

                  抗告人代理人

                     弁護士 古 田  邦 夫

                     弁護士 楠 本  敏 行

                     弁護士 田 中  利 武

                     弁護士 佐 藤  拓 郎

   当事者の表示     別紙当事者目録記載のとおり
原決定主文の表示
抗告の趣旨
抗告の理由
第1 はじめに
1 原決定の結論
2 抗告人は、争点(1)の判断については異論がないが、
第2 争点(2)に対する原決定の判断について
1 
(1)
(2)
(3)
(4)
2 
(1)
(2)
3 
4 
第3 争点(3)に対する原決定の判断について
1 *教授の説明以前の抗告人らの任用期間についての認識
2 *教授の説明の法的意義について
(1)本件講習会の位置付け
(2)
    ( i ) 
    ( ii )
    ( iii )
    ( iv )
(3) 
第4 争点(4)解雇権濫用法理の類推適用の有無について
1 原決定の特徴
2 講習会における説明以外の積極事情について
(1) 原決定の内容
(2) 着任時の説明
(3) (略)
(4) (略)
(5) 最後の更新時の説明
(6) 抗告人の再任拒否後の雇用状況
(7) (略)
(8) まとめ
3 積極事情、消極事情の総合評価
(1) 原決定の誤り
    ( i ) 講習会における説明の位置づけ
   ( ii ) 書面がないこと
   ( iii ) 契約書、常勤講師規定の定め
   ( iv )  ( 略 )
   ( v )  ( 略 )
   ( vi ) 常勤講師の職位を廃止したことには必要性・合理性がある
   ( vii ) まとめ
(2) 総合評価
4 結論
第5 争点(5)本件労働契約は旧労基法14条に違反する。
第6 まとめ

抗告人(債権者)と相手方(債務者)との間の大分地方裁判所平成18年(ヨ)第4 9号地位保全等仮処分命令申立事件について、同裁判所が平成18年11月30日にし た下記決定は、不服であるから即時抗告の申立をする。

原決定主文の表示

1 債権者の申立をいずれも却下する。

2 申立費用は債権者の負担とする。

抗告の趣旨

1 原決定を取り消す。

(1)抗告人が相手方に対し、相手方が設置する立命館アジア太平洋大学(以下「APU」という。)の常勤講師としての業務に従事する労働契約上の地位にあることを仮に定める。

(2)相手方は、抗告人が、相手方の設置するAPU構内に立ち入り、同構内の研究室*棟***号、図書室及びこれらに附随する施設・設備を利用することを妨害してはならない。

(3)抗告人が、私立学校教職員共済(長期共済及び短期共済)の取り扱い上、労働契約に基づき相手方に使用される者であることを仮に定める。

(4)相手方は、抗告人に対し、金***円及び平成18年12月20日以降本案判決確定に至るまで毎月20日限り、金***円を仮に支払え。

(5)申立費用は相手方の負担とする。

との決定を求める。

抗告の理由

第1 はじめに

1 原決定の結論

原決定は、本件の争点を以下の5つに設定した。

(1)*教授は、本件講習会において、抗告人に対していかなる説明をしたか。

(2)相手方は、本件講習会に先立ち、日本語常勤講師が希望すれば、雇用期間を更新できるようにする旨決定し、*教授を使者あるいは代理人として抗告人との間で、雇用更新が可能であることを補充・明確化ないし雇用更新特約を付加することとしたか。

(3)仮に相手方が*教授に対して雇用更新について提示する権限を授与していなかったとしても、表見代理の法理の適用または類推適用により、法的効果は相手方に帰属するか。

(4)相手方が抗告人を雇い止めしたことは、解雇権濫用の法理の類推適用により無効か。

(5)本件労働契約は、旧労働法14条に違反する違法なものか。

そして、原決定は、争点(1)について抗告人の主張を全面的に認めたが、争点(2)について相手方が本件講習会に先立ち日本語常勤講師について希望があれば雇用期間を更新できる旨決定したことを窺わせる証拠はないとして否定した。

また、争点(3)について本件講習会の目的や当日のプログラム等に照らしても、本件講習会においては、労働契約の内容を追加・変更するような重要な事項を扱うことは予定されていなかったとし、そこで行われた*教授の説明は、あくまで事実行為としての説明であって、客観的に見て、契約としての法律行為、すなわち意思表示(申込)と評価することはできないとして否定した。

更に争点(4)については、*教授の本件講習会における説明は、債権者に対して雇用継続の期待を抱かせる事情とはなりうるとしながら、これ以外に雇用の継続を期待させる有意的事情は一切ないとして、解雇権の濫用に当たらないと判断した。

争点(5)についても、旧労基法14条の趣旨は、労働者を不当に長期間拘束することを防止するためであるとして、4年間の雇用期間の定めは旧労基法14条に抵触しないと判断した。

2 抗告人は、争点(1)の判断については異論がないが、

争点(2)乃至(5)についての原決定の判断には承服できないので以下その理由について論ずる。

第2 争点(2)に対する原決定の判断について

1 

原決定は、相手方が本件講習会(1999年10月24日開催の日本語講習会のことを指す。)に先立ち、日本語常勤講師については、希望があれば雇用期間を更新できる旨決定したことはないと認定している。

確かに相手方から提出された新大学教員組織整備委員会議事録等には、そのような記載がない。

(1)

しかしながら、*教授が、相手方内部で決まってもいないにもかかわらず、常勤講師の雇用更新という重大な問題について軽率に発言するということは、常識的に考えられない。

 原決定も決定書24頁において( )書きで*教授の発言について、これに起因する損害について主張立証がなされた場合には、損害賠償責任を問われる余地が理論的にあり得ると記載しているが、このような結果をもたらす発言を個人の判断ですることは考えられない。

 しかも、*教授の説明は、相手方自身が事前に用意した「質問リスト」に対する回答として、行われたものである。そのような「質問リスト」が本件講習会前に準備されたのは、任用期間に関わって、更新の有無について事前に問い合わせがあり、相手方としては、これに対する回答を準備していたからに他ならない。

したがって仮に正式な手続を経ていないとしても、少なくとも理事会・常任理事会・新大学設置委員会ないしはこれに準ずる責任者の意向を受けて説明したとしか考えられない。

(2)

また、本件講習会には*立命館アジア太平洋大学開設事務局企画課課長や*同課課長補佐も出席していたが、*教授の説明について何らの異議や訂正もされていない。特に、*氏は、1999年に行われた「立命館アジア太平洋大学教員組織整備委員会」全5回(2月24日、4月7日、7月7日、9月24日、11月12日)には全て出席しており(乙71の7から11)、同人が同年10月24日開催の本件講習会における*教授の説明に何ら異を唱えていないことは、相手方内部の意思決定の存在を強く推認させるものである。

(3)

更に、原決定は、「立命館アジア太平洋大学講師(常勤)規定」(乙1)の存在ないしその記載内容を、抗告人主張の意思決定の存在を否定する根拠の一つとしている。しかし、同規定は、明らかに本件講習会の後に作成されたものである(乙71の11の記載によれば、1999年11月12日時点で、いまだ確定していない。)。したがって、これをもって、本件講習会以前の相手方内部の意思決定を否定する根拠とはなしえない。このような規定の整備される以前であるからこそ、原決定の認定した*教授の発言が、内部の意思決定の裏づけのあるものと考えて、何ら不自然でないのである。

(4)

しかも、原決定は、相手方内部の意思決定を窺わせる証拠はないと述べつつ、*教授(1997年から新大学設置委員会事務局長補佐)の陳述書(乙40)を証拠として示している。しかし、*教授の陳述書(甲16)には、「大過なき場合は、任期終了後の公募を経た再雇用が認められる。」「以上の説明については、教員リクルート時の条件提示などに関する、当時の事務局側方針に依拠した内容であり、わたくし個人の独断で発言できる内容でない」等の記載がある。*教授が、相手方が設置・運営する立命館大学に所属しながらも、敢えてこのような陳述をしていることを、原決定は不当に軽視している。甲第16号証は、*教授の発言も、同様に相手方の方針に基づくものであることを、強く推認させるものである。

2 

更に日本語講習会の開催された目的についても原決定の認定は皮相的、形式的であり、実質的な掘り下げが不充分である。この点は、争点(3)とも関連する。

(1)

まず、甲第29号証(APU日本語セミナー開催の案内)で明らかな通り、本件講習会は、相手方が、APU日本語教育担当予定者全員に対して、是非出席するよう招集して開催したものであり、海外居住者も含めて旅費、宿泊費等を相手方が負担している。しかも、事前に質問リストまで作成し、その中に「4年後の更新について知りたい」と記載されている。

 一方、英語の常勤講師等については、開学前に一堂に集めるようなことはなされていないのである。これは、相手方がAPUの開学に向けて応募があり、任用決定した日本語常勤講師について、その赴任を確保することが本件講習会の第一の目的であったことを示している。当然、同会の中では、任用期間の更新について言及することが予定されていた。

(2)

本件講習会が開催された1999年(平成11年)10月という時期は、2000年(平成12年)4月のAPU開学を控えた時期であり、日本語常勤講師の赴任時期は、2000年(平成12年)4月から2002年(平成14年)4月となっていて、長い人では抗告人のように2年半も先のことだった。

 相手方は、APUが開学して後大量に入学してくる外国人学生の日本語教育をするために、任用した常勤講師を確保することが必要だったのであり、そのために赴任することが確定的でない日本語常勤講師の疑問に答え、赴任の決断をさせる必要があったのである。

このような背景があったからこそ、わざわざ招集し、質問リストまで作成して常勤講師の質問に答えたのである。

3 

また、相手方の本件仮処分での争い方について付言する。

本件講習会での*教授の説明については、参加したほとんどの教授、助教授、全ての常勤講師が抗告人と同様の主張をしており、本件仮処分命令申立前の団体交渉においても抗告人からその内容について訴えてきたものである。

それにもかかわらず、相手方は、このような事実についても本件では執拗に争い、言わば黒を白と言いくるめることに終止したと言わざるをえない。仮に原決定の判断のとおり、*教授の「軽率な発言」であれば、そこまで執拗に争うことにはならないと思われる。相手方は、相手方の意向に基づいて*教授が説明したからこそ、*教授が実際にした説明を否認しているとしか考えられない。

4 

以上の通り、相手方は、仮に正式な手続を経ていなくても、日本語常勤講師を雇用更新することについて、本件講習会開催時点で、内部的な意思決定を経ていたと言うべきである。

第3 争点(3)に対する原決定の判断について

1 *教授の説明以前の抗告人らの任用期間についての認識

相手方は、本件立命館アジア太平洋大学の教員募集に当たり、任用職名を「講師」と記載しており(甲1)、任用通知(甲2)には「常勤講師」として任用する旨が記載されている。

通常は、「常勤講師」とは非常勤ではない講師つまり「専任講師」を意味し、専任講師と区別される特別の地位とは理解されていないのである。

また、立命館アジア太平洋大学開学前は、任期付きの不安定雇用のポストが大学の中で一般的でなく、常勤講師=専任講師は、期間の定めのない雇用形態と理解されていたのである。

こうした中で、教員募集に任用期間が「原則として2000年4月1日~2004年3月31日」と記載され、採用通知には任用期間「2002年4月1日~2006年3月31日(4年間)ただし契約は1年毎に行います。」と記載されていたが、抗告人らは、任用期間が文字通り4年間であるか否かについて理解できず、4年後の契約更新がなされるのか否かについて重大な関心を持っていたのである。

2 *教授の説明の法的意義について

(1)本件講習会の位置付け

原決定は、本件講習会は、労働契約の内容を追加、変更するような重要な事項を扱うことは予定していなかったとしているが、上述の第2、2項でも指摘したとおり、あまりに形式や名称にとらわれ、実態を見誤っている。

本件講習会に、大学の教育システムや日本語教育の内容の理解を日本語教育担当予定者に求めるという目的があったこと自体は否定しないが、他方で、相手方が、29項目もの質問リストを用意せざるを得ず、これに答える必要があったこと、それにより日本語教育担当者を確保する必要があったことは、不当に軽視されている。

原決定は、質問リストの3項のみに着目するようであるが、主張書面(債権者1)1~2頁で既に指摘したように、質問項目のほとんどが労働条件そのもの、あるいは、労働条件と不可分の項目であり、「懇談」の名称の下に、不明確であった様々な労働条件について説明しているのである。

その中で、現に、「4年後の更新について知りたい」との質問事項が用意され、当然にその回答となる説明も事前に用意されていたのであるから、更新ができるとの契約内容の説明は予定されていたと言うべきである。

当日の会の名称「日本語講習会」もスケジュール中の「懇談」との項目も全て相手方が決めたものであり、その名称などに徒らに促われるべきでない。

更には、相手方は、日本語常勤講師として採用した者に対して、着任直前を除いて、労働条件について説明する機会は、本件講習会以外には設けていないのである。

実態を評価すれば、本件講習会は、まさに労働条件の説明を含んでおり、労働契約の内容を追加・変更することも予定されていたと言うべきである。

(2)

また、原決定は、*教授の説明は、あくまで事実行為としての説明であって、客観的に見て、契約としての法律行為すなわち意思表示(申込)と評価することはできないとしている。

    ( i ) 

しかし、*教授の説明は、私的な場での説明ではなく、相手方の費用負担により、相手方が採用した赴任予定の教員を招集して開催した公式の場での説明である。

更に予め用意された質問リストへの回答という形でなされたものであって、参加した日本語常勤講師にとっては、当日の会での最大の関心事であった。

しかも、相手方が採用決定していても、抗告人ら赴任予定者には、辞退して赴任しないという選択も常にある中で、そのような選択をさせないことを意図してなされたものと考えられる。

したがって、*教授の発言、説明は労働条件に関する意思表示と評価すべきであり、そのように評価することに何らの妨げもない。

    ( ii )

原決定は、「本件講習会において、本件質問事項に関する説明が、債務者が既に示していた労働条件を追加的に変更する旨言及した事実」がないとして、法律行為がないとする。しかし、わざわざ「労働条件の変更ですよ。」などと言わなくても、事前に準備された「4年後の更新について知りたい。」との質問項目に対し、原決定の認定した*教授の回答があれば、それが契約の内容であると理解することは、あまりにも自然なことである。それが意思表示に当たらないという評価こそ理解できない。

    ( iii )

また、原決定は、「*教授の説明を承諾するかどうかを日本語教育担当予定者に対し確認した事実」がないという。しかし、抗告人を含む日本語常勤講師は、皆できるだけ長期の契約を望んでいたのであるのは自明であるから、承諾の有無を確認する必要もなく、黙示の承諾を当然に認定しうる。もともと更新を望まない者は、期間満了の際に更新をしなければよいのであるから、個別に承諾を求めるはずもないのである。この点の原決定の判断は全く的外れである。

    ( iv )

原決定は雇用期間の更新というきわめて重要な事項について書面化していないことを根拠にそのような契約がないと認定しているが、労働契約の実態を見過ごしていると言うべきである。

そもそも、期間を定めた雇用の形式を採用する雇用主は、できるだけ雇用の流動化を図る、即ち期間の定めのない正規雇用を避けることで、人件費を削減しようとしているのである。このことはAPUでも同様であり、表向きに任用期間4年として募集しているのであるから、赴任を確保する等のAPUの都合によってそれと異なる更新の約束(特約)をしたからと言って、APUがそれを書面化することは期待できるはずがない。

また、前述の通り公式の場で当日の集会の責任者である*教授から明確な説明があり(*教授の肩書は、立命館大学言語教育センター所長であったが、自ら「APUの開学と同時に、APUの言語教育を統括する立場で同大学へ移籍する」と説明していた。)、事務方も出席していたにもかかわらず、訂正もされなかったのであるから、説明を受けた抗告人を含む常勤講師らは、当然に、まさに文字どおり、契約の更新ができると信じて疑わないのが通常である。抗告人らに対し、わざわざ改めて内容の確認や、書面化を要求することまでは期待すべきではない。

(3) 

以上のとおり、原決定の認定した本件講習会における*教授の発言は、労働契約の期間及び更新に関する意思表示であるから、既に提出した証拠により表見代理の成立が認められる。

第4 争点(4)解雇権濫用法理の類推適用の有無について

1 原決定の特徴

解雇権濫用法理の類推適用に関する原決定の特徴は、まず抗告人の主張する積極事情から有意な事情を選びだし、その有意な事情と、消極事情を比較考量し、継続雇用への合理的期待があったか否かを判断している点である。

雇い止めの裁判例中、このような判断枠組みをとっているものは見あたらない。書証として提出している裁判例を見ても(甲第37号証ないし39号証)、すべて積極事情、消極事情を並列的に列挙した上で、総合考慮の上、判断をしている。

原決定の判断枠組みは、積極事情、消極事情を平等・対等に評価せず、結局のところ、積極事情を過小評価し、消極事情を過大評価(消極事情を判断するに際しては、債務者主張事実のうち、何が有意な事情で、何が有意でない事情なのかすら、判断していない)するために用いられており、抗告人の主張を認容しないために考え出された、特異な判断枠組みである。

以下においては、上記特徴を踏まえ、まず抗告人が積極事情として主張した事情は、すべてが継続雇用への客観的合理的期待を裏付ける事実関係であることを明らかにした上、積極事情・消極事情を総合考慮すれば、抗告人には継続雇用への客観的合理的期待があったことを明らかにする。

2 講習会における説明以外の積極事情について

(1) 原決定の内容

原決定は、抗告人が主張する継続雇用への合理的期待を抱かせる事情のうち、有意なものは、*教授の講習会における説明だけであり、その余の事情は、何ら継続雇用への合理的期待を抱かせるものではないとする。

しかし、以下に述べるように、講習会における説明以外でも、抗告人指摘の事実関係は、抗告人の継続雇用への合理的期待を抱かせる事情になるものである。原決定は、それらの事情を有意な事情でないとして捨象することによって、抗告人に不利な判断に至っており、明らかに不当である。

(2) 着任時の説明

原決定が指摘するとおり、着任時は、雇用契約は当然に更新されるのではなく、募集に応じれば再雇用されるとの説明に後退している。しかし、かかる説明によっても、「再雇用」があるとの説明には、なんら変更はない。

確かに、*教授の説明とは若干相違があるが、抗告人らから見れば、「再雇用」の道が保証されているか否かが重大関心事であり、その形式が、「当然更新」なのか「公募・再雇用」なのかは重大な事柄ではなかった。

よって、着任時の説明は、十分、抗告人らの継続雇用への合理的期待を生じさせるものである。

(3) (略)
(4) (略)
(5) 最後の更新時の説明

最後の更新時、抗告人は、最終の更新であることには同意しないと、明確に伝えた。この行為は、雇用が確保されると合理的期待を抱いている抗告人から見れば、最終更新ではないこと、再雇用を希望することを明確に伝えることで、自らの職位を確保する意図を示した行為として、極めて重要なものである。

仮に、最終更新時、何らの意思表示もしないまま、漫然と契約書に署名・押印したならば、必ずや、「最終更新に対し明示的に同意しているから、継続雇用への期待はない」と指摘されるのであって、最終更新時に、再雇用を求める意思表示をしておくことは、重要な行為である。

原決定は、最終の更新時の説明が、積極事情として有意でないというが、まったく理解できない。

(6) 抗告人の再任拒否後の雇用状況

抗告人の再任拒否後、あらたに日本語の教員を採用していることは、抗告人の雇用の場があったことを示す事情であり、さらに言えば、抗告人をねらい打ち的に再任拒否したのではないかと疑わせる事情でもある。

判例上も、解雇事件などでは、解雇後の再任状況は、解雇の必要性の有無を推認する重要な事情と位置づけられている。雇い止めも解雇の一形態であり、だからこそ解雇権濫用法理が類推適用される場合がある。

よって、抗告人再任拒否後の事情は、抗告人への雇い止めが有効か否かを考える上で、重要な事実である。

(7) (略)
(8) まとめ

以上より、講習会における*教授の説明以外の積極事情も、すべて継続雇用への合理的期待を抱かせる事情として、重要であることは明らかである。

抗告人の主張する積極事情の大半を有意でないと退けた原決定は、明らかに不当である。

3 積極事情、消極事情の総合評価

(1) 原決定の誤り

原決定は、講習会における*教授の説明の位置づけ、及び、その説明と消極事情との総合評価の仕方を、明らかに誤っている。以下、原決定の誤りを順次指摘する。

    ( i ) 講習会における説明の位置づけ

抗告人主張の積極事情のうち、本件講習における説明に対する位置づけ、評価が重要であることは、原決定が指摘するとおりである。

しかしながら、原決定は、本件講習における*教授の説明の位置づけを根本的に誤っている。

同講習において、*教授は、「本人が望めば定年まで更新ができる」とはっきり言い切っているのである。しかも、それは、債務者大学自身が用意した「質問リスト」というペーパーに基づく説明である。そのような「質問リスト」が準備されたのは、抗告人ら勤務開始前の常勤講師に配布されていた募集要項等の書類(甲第2号証、同3号証)では、単に任期が記載されているだけで、その後の更新の有無については記載がなかったので、更新の有無について、常勤講師らから債務者大学に対し、問い合わせがあったからに他ならない。

このような経過をへて、債務者が準備した「本人が望めば定年まで更新ができる」という回答を聞けば、抗告人らとしては、「定年まで更新可能な労働契約」と考えるのは、あまりに当然のことである。

当たり前のことであるが、労働者は入社時、当該勤務先の代表者から労働条件の説明を受けられるとは限らない。通常は、労務担当者なり、直属の上司なりの地位にある者から説明を受けるであろう。

本件において、*教授は、「立命館大学言語教育センター所長」であり、かつ、APU の言語教育の責任者であるという、上位の地位にある者と受け取れる肩書きをもって、上記説明をなした。しかも、同説明時は、立命館アジア太平洋開設事務局の企画課課長、同課長補佐(*、*)も参加していた。また、同講習は、採用された常勤講師が、債務者大学から雇用条件等の説明をうける最初の機会として予定されていた。これ以降は現実に着任するまで、雇用条件等の説明をすることは予定されていなかった。

労働者としては、このような本件講習における説明を聞けば、当然、まさに文字どおり、契約の更新ができると信じて疑わないのが通常であろう。むしろ、「いや、そのような説明があっても、更新できるとは限らない。」と疑ってかかる方が、不自然である。

原決定は、このような断定的な説明すら「継続雇用について一定程度の期待」を抱かせる事情としか評価していないが、明らかに不当である。

   ( ii ) 書面がないこと

原決定は、*教授の説明は、口頭でなされたに過ぎず、書面はなく、契約書にも継続雇用を期待させるような文言はないから、同説明に対する抗告人らの期待は、減殺されると説く。

しかし、これはあまりに書面の存在にこだわった杓子定規、かつ、労働契約の実態から著しく乖離した極めて非常識な判断である。

そもそも、「更新」について書面があれば、本件のようなトラブルは起きないし、雇い止めに関する膨大な判例、雇い止めに対し解雇権濫用法理を類推適用するに至った最高裁判例も、書かれることはなかった。従来より、期間の定めのある労働契約については、更新の有無、可能性について、明確な書面が作られることがほとんどないからこそ、長い歴史上、膨大な数の訴訟、仮処分が提起されてきた。そのような不安定な地位に置かれた労働者を救済するべく、雇い止めに対する解雇権濫用法理類推適用という法的枠組みができあがったのである。原決定は、これら最高裁判決を含めた判例の蓄積を無視するものであり、到底是認できない。

   ( iii ) 契約書、常勤講師規定の定め

確かに、原決定が指摘するように、労働契約書には任用期間4年、1年毎の雇用期間を定めて契約すると記載があり、常勤講師規定には、契約期間満了をもって退職との記載がある。

しかし、前記(ii)で述べたとおり、過去の裁判例は、このような「期間の定めのある労働契約」を締結している労働者に対し、解雇権濫用法理を類推適用し、不安定な地位に置かれた労働者を救済してきたのである。

契約書、常勤講師規定の定めは、本件雇い止めに対し、解雇権濫用法理を類推適用するにあたり、何の障害にもならない。このような契約書の定め、就業規則の定めを重視することは、過去の判例を明らかに無視するものというほかない。

   ( iv )  ( 略 )
   ( v )  ( 略 )
   ( vi ) 常勤講師の職位を廃止したことには必要性・合理性がある

APUは、教員組織整備計画のもと、常勤講師の職位を廃止している。しかし、だからといって、抗告人の行ってきた業務がなくなるわけではない。抗告人の行ってきた業務は、APUの基幹業務であるところの外国人留学生に対する日本語教育である。この業務そのものは、教員整備計画があろうがなかろうが、APUの基幹業務として存続し続けるのである。

したがって、常勤講師の職位がなくなったからといって、抗告人の雇用の場が完全に失われるわけではないのである。

原決定は、別の箇所で、抗告人が雇用されると「教員組織整備計画の根本的見直しを余儀なくさせる」かのように判示するが(24頁)、教員整備計画はそれはそれとして、抗告人の携わってきた業務である日本語教育は残っているし、今後も残るのであるから、あたらしい組織体制において、抗告人にふさわしい職位を与えれば、それですむことである。

したがって、教員整備計画と抗告人を継続雇用することは、両立しうるのであり、抗告人を継続雇用しても、何らAPUに対し、教員整備計画の見直しを強要することにはならない。原決定は、自己の判断の結果を、大げさに考えすぎているのではないかと思われる。

   ( vii ) まとめ

以上述べたとおり、*教授の説明は、それだけでもって、抗告人に継続雇用への合理的期待を抱かせるのに十分である。そして、原決定が指摘する消極事情は、何らその期待を減殺させるものではない。

よって、原決定は、明らかに誤りというほかない。

(2) 総合評価

先に述べたとおり、まず結論を導く判断枠組みとして、積極事情、消極事情を総合的に評価しなければならない。それこそが、多数の判例によって確立された判例法理である。

そして、総合考慮にあたっては、本件講習における*教授の説明を正しく位置づけた上、その他、抗告人が主張する積極事情(詳細は、平成18年9月5日付主張書面4、同年10月21日付主張書面5で述べたとおり)、さらには、本書面で強調した*教授の説明によって抗告人が「引き返すことのできない立場」におかれた事情等を総合考慮すれば、抗告人には、継続雇用への客観的・合理的期待があったことは明らかである。

4 結論

以上より、抗告人を雇い止めするには、解雇権濫用法理が類推適用されるというべきであり、かつ、抗告人を解雇する社会的相当な理由はないから、抗告人が債務者大学の常勤講師たる地位を有しており、原決定は明らかな誤りである。

第5 争点(5)本件労働契約は旧労基法14条に違反する。

原決定は、抗告人が主張書面(債権者5)28~31頁で示した、通説・判例の見解を、全く検討することなく、相手方の主張をそのまま採用している。

しかし、この点については、そもそも労基法14条に違反する長期の期間の定めは違法無効であるから、そのような契約は期間の定めのないものとなるとの見解すら存在するものである。これは、労働者の雇用の安定という労働法の基本理念に忠実な解釈であり、通説・判例も同様の理念を尊重した上でのものである。また、いずれも労基法の解釈として極めて条文に忠実である。

これに対して、原決定の採用する、「労働者に解約の自由を認めつつ、雇用者側が労働者に対して一定の期間雇用を保障する事は、何ら旧労基法14条に抵触するものではない」との見解は、反面で、期間の満了により雇用契約が終了するという効果を肯定し、労働者側の重大な不利益を全く考慮しない不当な見解である。

旧労基法上は、1年を超える期間の有期雇用が認められなかったからこそ、産業界の要請に答えて、平成10年改正により労基法14条の特例3類型(上限期間は3年)が認められることとなり、更には平成15年の改正により期間の定めの上限が1年から3年に変更され、特例も極めて多様化した(上限期間は5年)。このように、法の改正経緯からも、原決定が採用するような解釈は、労基法違反の事実を何とか正当化するために殊更に主張されてきたものであり、解釈論としては、全く不当なものである。

相手方は、抗告人が引用した「労働法」菅野和夫著第七版について、「任用期間の定めのある契約については触れていない」(主張書面(7)7頁)などと述べているが、同書は、「期間雇用における期間の長さの制限」との項目の最後に、「上限規定に違反して、上限を超える期間が定められた場合には、労基法の強行的直律的効力によって当該契約における契約期間は上限期間に改められる。」と、記している(同書169頁)。

以上のとおりであるから、本争点に関する原決定の判断は誤りである。

第6 まとめ

以上のように検討してきたとおり、原決定は争点(2)乃至(5)について、いずれも誤った判断をしたものであるから、抗告の趣旨記載の裁判を求める。

 添付資料

1 訴訟委任状 3通

                                                                          以上