野路だより [ 2007.2.1 木 ]

川本八郎氏は自らの意思で理事長の職から退かれました。信頼回復を求める要望書など、昨年来の立命館大学教員側からの抗議に近い問いかけに対し行動をもって答えられたものに違いありません。非凡な経営者にふさわしい最後の重い決断であったと感じ、一教員としての感謝の意を記したメール【1】を秘書室宛に送付しました。

学園に来て日の淺い私には、前理事長のリーダーシップの下で立命館学園構成員の四半世紀に及ぶ尽力で実現した学園創造とも言えるスケールの学園改革は、日本の大学史に残る壮挙であると感じています。その創造過程が新しい段階に至り、従来とは異質の経営的センスを要する時が来たことを鋭敏に察知され、若い世代に今後の学園創造のプロセスを委ねる決断をされた前理事長の経営者としての誠実さと立命館学園への愛情の深さに強く感銘しました。立命館学園の今後の発展は目に見える指標を高める努力だけでは実現できない、難しい段階に入ったように感じています。前理事長のご勇退の真意を新体制が汲み、従来にない諸経営課題に創造的に取り組まれるであろうことを願っています。

ところで、経営体制の交代が決った1月26日の歴史的理事会の「報告」【2】が公開されていますが、その際、「1984年から開始した第3次長期計画以降の改革の基本方向を常任理事会は継承する」ことが確認されたとのことです。第3次長期計画以降の諸計画と達成内容は資料【3】に概要がまとめられています。その中に、この間の事業費総額2040億円の財源の内訳が提示されています:公私協力補助金が326億円(16%)、学納金・補助金が258億円(12.6%)、資産売却が171億円(8.4%) 手数料・寄付金・事業収入・雑収入等が1285億円(63%) となっていて、学納金・補助金への依存度の低さが強調されています。ただ、学納金・補助金258億円は人件費にもなりえた財源ですから、この22年間に立命館に在籍された教職員の方々が、平均すると毎年10億円規模の寄付 ( 一人当りにすると数十万円規模の寄付 ) をしてきたことにより、この学園創造が実現したものとも言えます。歴史に残る学園創造を支えてこられた立命館学園構成員の方々のこれまでのご尽力と犠牲的精神に、深い尊敬の念と感謝の意を新たにしました。

全学的な合意を得ない政策の断行を一昨年来あからさまに始めた学園トップへの不信感と、不信感が蔓延し学園の活力が失なわれていくことへの危惧の念から、「野路だより」の試みを1年前に始めました。しかし、1月24日業協で川口総長が相互信頼回復を課題とすることを表明されたことにより現場との信頼関係を再び重視する経営姿勢が示され、さらに1月26日に新体制にすべてを委ねることを旧体制が決断したことにより、現在の学園規模に相応しい信頼関係の再構築に向けたプロセスが動き始めたことを感じましたーー新しい年が開けた時点では予想もできなかったことでした。

立命館の将来に深い関心を持ち学園のために必要があれば色々な形で尽力するつもりのある人達が学園内に少なからずおられることを、この1年間を通して、知りました。また「野路だより」が約一年にわたり容認されてきたことについても、立命館社会の懐の広さを実感しました。発刊したときに抱いていた学園危機への危惧の念は、私自身の中ではかなり弱まりましたので、この号をもって野路だよりは終刊することにいたします。

なお、APUの日本語常勤講師雇用継続については、正しい解決がされるまで、ときどきメールで直接に支援を呼びかけたく思います。そのときは、よろしくお願いいたします。


目次:

【1】川本理事長へのメール 2006.1.31
【2】2006年度 第9回・第10回理事会報告 −新たな理事会体制について− 2007年1月26日 常任理事会
【3】 資料:第3次・第4次・第5次長期計画の概要
立命館学園の長期計画〜教学改革と経営・財務改革の計画的推進
第三次長期計画(1984〜1990年度)
第四次長期計画(1991年度〜1995年度)
第五次長期計画(1996〜2000年度)
2001年度〜2004年度 (新世紀第1期基本計画 )
1984〜2004年度の長期計画の事業と財源

【1】川本理事長へのメール 2006.1.31

To: 川本 八郎 理事長殿
Cc: 川口 清史 総長殿
Subject: 謝意
Date: Wed, 31 Jan 2007 17:37:02 +0900

平成19年1月31日

立命館学園理事長 川本 八郎 殿

この度の引退のご決断は、四半世紀にわたり非凡な経営改革ーー学園創造と言っても良い規模の改革ーーをリードしてこられた方に相応しいご決断と感じ、立命館学園の一教員として敬意と感謝の念をお伝えしたくメールさせていただきました。

人は伸長期を充実期を繰り返して成長しますが、四半世紀にわたる伸長期を通して体格と体力において尋常ならぬ成長をとげた立命館学園にとって、外側の急激な伸長に内側が追いつくための充実期に移行することが不可欠な時期となったことを認識され、充実期は伸長期とは異質の経営が必要となることを洞察され、立命館学園が旧体制を捨てて脱皮することを願い若い人達に今後を委ねる決断をされたものと確信し、立命館学園の真の発展を願って身を引く決断をされたことに深い愛校心の発露を感じました。

伸長期では無から有を作り出す事業において構成員の一糸乱れぬ行動が学園内で必要となったと思いますが、充実期には全構成員が、経営陣を信頼しつつ、日々の職務を自律的に自発的に意欲をもって創造的に地道に息長く果すことができる環境の形成が鍵となります。伸長期には有効であった方法が充実期ではかえって害となることも多いと思います。充実期にふさわしい経営的ビジョン・価値観・行動様式を新体制が創造し育んでいくことを祈ります。伸長期に有効であった経営を踏襲せず充実期にふさわしい学園経営を創造するよう、相談役となられた後は新体制を叱咤激励されるものと確信しています。

立命館学園の充実期の最初の大きな経営的課題の一つは、APUを大学として完成させることではないかと思います。APUはいまなお経営サイドが教員人事も含めた教学事項を実質的に決めていると推定されます。たとえば、一昨年に外国人専任教員を解雇しましたが、解雇権濫用として地位保全仮処分申立が京都地裁の段階で認められています。また、日本語常勤講師に対する雇用継続の口頭での約束があったことを大分地裁が認めていますが、口頭の約束だけだから守らなくても良い、と考えているように外からは見えます。また、ある外国籍のAPU教員が雇止めとなるとき、APU幹部の一人と面会し、潰れたピンポン玉を示し、これが自分の気持ちだと伝えました。APUの教学創造という困難な仕事を担った人達の思いを踏みにじる教員任免が繰りかえされたため、日本内外の大学界におけるAPUの評価は極度に悪化し、回復は相当に困難なところに至っているようです。

伸長期には、仁義やモラルにとらわれない大胆な経営行動も必要なときもあるとは推測しますが、充実期には学校教育の要となる価値観ーーモラルや仁義なども含む、金にはならない価値観ーーを経営行動でも尊重することが経営戦略的にも重要になるのではないでしょうか。APUの評判回復と今後の発展には、教学的事項を教学側に完全に委ねることなしにはありえないことを新体制が洞察し、それを速やかに実現するであろうことを確信しています。それが新体制の試金石となるでしょう。

この問題の背景に学園全体の低人件費政策がありますが、教職員は道具ではなく人であることを踏まえたときに許される範囲内に軌道修正することが「利得に抜目なく人を大事にしない傲慢な学園」という世間と受験生の誤解を解く課題ーー極めて困難な経営課題に対する有効なアプローチの一つになるように思います。

最後に、一教員として、学園へのこれまでの尋常ではないご貢献に深い感謝と尊敬の念を表わし、また、その偉業を完成するとも言える今回の決断に敬意の念を表すと同時に、明日からは重責から離れ自由な立場で、立命館学園の脱皮のプロセスを見まもってくださることをお願いいたします。

制度的には理事長に終身留まることも可能であった状況で、立命館学園の次のステップの発展を願って、外部からも人を迎えた新体制に今後を委ねられたことは、立命館学園の脱皮に必要となる広義の愛校心を身をもって示されものと理解しております。このメッセージが契機となり、立命館学園が狭義の愛校心から解放され、普遍性の高いアイデンティティを形成し、国内外から士気の高い学生・教員・職員が、これまでにも増して、陸続と集まるような、さらに魅力ある学園となっていくであろうことを確信しています。

ありがとうございました。

                BKC教員 辻下 徹

【2】2006年度 第9回・第10回理事会報告 −新たな理事会体制について− 2007年1月26日 常任理事会

http://www.ritsumei.ac.jp/mng/gl/koho/kyousyokuin/kouji/houkoku.pdf
1月26日の理事会にむけた常任理事会において、新たな理事会体制やその体制変
更の意義について、理事長、総長の発言を中心に審議されました。本文はそこ
での内容を理事長、総長がその責任においてとりまとめたものです。

学校法人立命館は1月26日に開催した理事会において、川本八郎理事長、甲賀光秀専務理事らの交代、長田豊臣前総長の理事長就任等を議決した。今次の理事長等の交代は、今年1月に川口新総長が誕生し、若い世代の指導部への交代がすすめられてきたこと、さらに私立総合学園として、立命館学園の国際化、自然科学・科学技術分野等における改革の成果が一定の水準に達してきたことで、新たな体制に引き継ぐことが重要であるとの認識に達したものである。

立命館の改革は、国際化においては、APUの創設とニューチャレンジの推進等により、国際社会のなかで私立総合学園として、我が国の最高水準に到達したものと考えることができる。また、科学技術立国政策のもと、自然科学系分野の改革は高等教育機関においてきわめて重要な課題である。本学は1994年以降の理工学部の拡充移転、BKC新展開、情報理工学部の開設を実現し、2008 年には生命科学部・薬学部設置を目前にひかえ全国有数の自然科学系学部を擁する大学に発展してきた。生命科学部・薬学部の設置にあたっては、医学部との連携が必須の課題であり、この分野においても関西医科大学との包括協定を締結し、確実に前進してきている。

同時に、立命館学園はこの間宇治、北海道、滋賀県守山の中学高校の開校、そして小学校の開校も果たし私立総合学園として大きく発展してきた。附属校の開校は学園アイデンティティを形成する上で重要課題であり、今後もその充実を図っていかなければならない。

立命館学園は、歴史的に質実剛健との評価を受けてきたが、近年では文化・芸術分野の充実も進めてきた。文学部や理工学部が連携して実現したアート・リサーチセンターの設立や歴史都市防災研究センターの設置、堂本印象美術館の指定管理者の受託、さらに、2007年度から発足する映像学部は学生・父母に高い評価を受けるに至っている。これらの分野は日本文化を受け継ぐ京都の大学ならではの重要事業である。

このような取り組みを通じて、立命館学園は様々な課題を持ちつつも、我が国において一定の高い位置を占めることができるようになってきた。

今後は、このような到達点にたって、二つの重要な見地から理事会運営をすすめていく。

第一は、1984年から開始した第3次長期計画以降の改革の基本方向を常任理事会は継承するということである。学園は立命館憲章に示しているように、その建学の精神や教学理念を踏まえて今日の改革を進めてきた。さらに中期計画の策定過程においてもそうした議論を進めてきた。こうした方向は今後も揺らぐことはない。第二は、新たな理事会体制においても、総長と理事長が中心となって常任理事会が徹底した議論を行い、政策の一致にもとづく統一の原則を今後も堅持するというものである。また、学園民主主義の原則は議論を行うことであることは言うまでもない。

これらの立命館学園の歴史的な到達点をふまえ、今後の学園がすすむ方向性および運営の原則を確認した上で、理事長以下、常勤役員の体制を別紙のように変更する。なお、本日の理事会において、常勤役員のひとつとして相談役を設置することを議決した。これは学園の諸運営や理事等の業務執行に対して助言等を行うものである。

常任理事会は、今次の理事の交代に際し、国民そして国際社会とともに歩む学園創造の決意を新たにするものである。

以上

【3】 資料:第3次・第4次・第5次長期計画の概要

若林洋夫「私立大学の経営と財務ー立命館の事例を踏まえて」, 国立大学財務・経営センター 大学財務経営研究 第3号(2006.8発行)p177-189 http://www.zam.go.jp/n00/pdf/nf003010.pdf から抜粋

立命館学園の長期計画〜教学改革と経営・財務改革の計画的推進

立命館学園の1984年度に始まる第3次長期計画以後の歴史は、教学(教育・研究)改革(→高度化)と経営・財務構造改革(改善)の段階的進展の歴史である。私流に表現したキーワードは

 キーワード   学園規模問題解決と経営・財務構造改革、
「国際化・情報化・開放化」×「教育・研究・社会貢献」の三位一体的高度化、
リエゾン活動×産官学地連携(外部資金導入拡大)、公私協力、
学生のキャリアアップ支援、持続可能な経営・財務モデルの構築

である。

第三次長期計画(1984〜1990年度)

≪事業の概要≫

  理工学部情報工学科新設(1987年度)、国際関係学部創設(1988年度)
  立命館中学・高校の男女共学化と深草校地への拡充移転(1988年度)
  立命館創始120年・学園創立90周年記念事業

≪事業費総額≫ 213億円

≪学園財政の特徴≫

  寄付金 立命館創始120年・学園創立90周年記念事業募金(1985/4〜1991/3)
    目標額35億円→ 47.4億円収納

  1988年度以降の消費収支状況
   (学生納付金+補助金)>消費支出、人件費比率50%以下、
     累積消費収支差額は収入超過

  財務会計システムの稼動(1990/10「予算編成」、1991/4「調達管理・予算執行・決算」)

  企業会計における「管理」機能的概念(管理会計)の導入
     業務別予算、決裁権限の委譲、内部監査機能の強化(「業務監査室」の設置)、
     概算要求方式や大枠割当方式による予算編成

第四次長期計画(1991年度〜1995年度)

≪事業の概要≫

  理工学部のびわこ・くさつキャンパス(BKC)への拡充移転(1994年度)〜総事業費505億円
     公私協力補助金134億円(1989〜1993年度)−滋賀県95億円、草津市39億円

  政策科学部創設(1994年度)

  アカデメイア立命21建設(1991年度)〔国際平和ミュージアム、セミナーハウス等収容〕

  衣笠キャンパス整備と全教室冷房化(1993年度〜1996年度)

  法人合併〜立命館宇治高校(1994年度)、立命館慶祥高校(1995年度)

≪事業費総額≫662億円

≪学園財政の特徴≫

  寄付金 第四次長期計画事業募金(1991/4〜1997/3)
       寄付金政策から寄付政策へ
       目標額60億円(「プロジェクト60」)→67.3億円(寄付金49.8億円)収納
     「リエゾンオフィス」の設置(寄付事務局からの改組1995/2)

  私大等経常費補助金 1994年度23億円(過去最高の交付額)、以降増加

  一般入試志願者 1991年10万名(立命館大学)

「学生一人ひとりに届く財政公開」(1992年度より開催)
      1949年から学生にも立命館の財政課題、財政状況を公開してきたが、
            1992年度より学生の質問に職員が直接答える方式へ

  子会社(株)クレオテック設立(1993年度) −清掃・キャンパス管理、調達業務など

第五次長期計画(1996〜2000年度)

≪事業の概要≫

  経済・経営両学部のBKCへの新展開・移転(1998年度)

  文理総合インスティテュートの開設(1998年度)

  立命館アジア太平洋大学(APU)創設(2000年度)
     公私協力補助金192億円(1997〜2000年度)
          −大分県150億円、別府市42億円・土地の無償譲与

  立命館慶祥中学校創設(2000年度)

  立命館創始130年・学園創立100周年記念事業

≪事業費総額≫729億円

≪学園財政の特徴≫

  寄付金 立命館アジア太平洋大学国際学生奨学金寄付(1995年度より)
      2004/3末現在の寄付申込額約40億円
      トータルリエゾンプランの推進(奨学寄付、寄付研究、公的補助、研究資金)

  私大等経常費補助金2000年度46.6億円(過去最高の交付額)

  ハイテク・リサーチ・センター整備事業(1996年度〜)や学術フロンティア推進事業(1997年度〜)など
      ――採択件数11件、補助金総額47億円(2004/3末現在)

2001年度〜2004年度 (新世紀第1期基本計画 )

≪事業の概要≫

  立命館大学

    応用人間科学研究科、先端学術総合研究科、言語教育情報研究科の設置
    法務研究科(法科大学院)設置、MOT(技術経営研究科)(2005/4開設)
    情報理工学部創設(2004/4開設)

  APU

    アジア太平洋研究科、経営管理研究科の設置

  立命館宇治高校の新展開・移転(2002年度)→ 立命館宇治中学校創設(2003年度)

≪事業費総額≫  361億円

≪学園財政の特徴≫

  寄付金 立命館アジア太平洋大学国際学生奨学金寄付(1995年度より)
        2004/3末現在の寄付申込額約40億円(うち約27億円収納済)

  私大等経常費補助金は2000年度以降2003年度まで4年連続で40億円台、
        04年度はAPUが交付対象になり、RUとの合計額は約56億円に達した。

 「21世紀COEプログラム」(立命館大学) 4拠点、9.8億円の公的資金交付

 「特色ある大学教育支援プログラム(GP)」 APU(2003年度)

  一般入試志願者2001年度入試から4年連続10万名台(立命館大学)

  学校債「立命館学園債」の発行(2002年度より)

1984〜2004年度の長期計画の事業と財源

1984〜2004年度の21年間の固定資産を形成する総事業費は2200億円の達するが、学校会計基準に謂う負債性のない「基本金」に組入れた総額は図1のように2040億円である。「カネには色は付いていない」と言われるが、立命館の財政政策及び「持続可能な経営・財務モデル」の戦略的判断基準からは、基本金組入額は学納金や補助金に可能な限り頼らない財源から充当すべきと考えている。その基準から見ると、21年間の総事業費のうち学納金・補助金は258億円、12.6%に留まっていることが「健全なフロー経営」で事業計画が推進できた根拠となる。但し、フロー収支で建設事業を賄ったゆえに、金融資産ストックはなお相対的に脆弱であるといわざるを得ない。

図1長期計画の事業費(基本金組入額)と財源    1984〜2004年度

      「教学創造こそ財政政策」の実証例

  事業費(基本金組入額)
    施設設備取得等           │ 2040億円
  ────────────────────┼──────────
  財源                  │
    公私協力補助金           │  326億円( 16.0 %)
    資産売却              │  171億円(  8.4 %)
    手数料・寄付金・事業収入・雑収入等 │ 1285億円( 63.0 %)
    学納金・補助金           │  258億円( 12.6 %)