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2001.6.26
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Weekly Reports No 58 コラム:大学を考える

驚くべき方向に急展開する「国立大学の独立行政化法人化問題」

皆村 武一

2001.6.24

 異常ともいえる国民的な支持を背景に、小泉内閣は構造改革を急ピッチで進めようとしている。大きな改革には痛みを伴うことは必然であるが、痛みの後には改善が期待されるものでなければならない。ニュージランドの轍を踏まないよう、われわれも改革にむけて内部努力をするとともに、いまこそ社会に対して国立大学の使命を積極的なアッピールを行う必要がある。

 大学、とりわけ国立大学においては、1991年の『大綱化』以降、膨大な労力と時間を大学改革のために振り向けてきた。ほとんどの大学人が研究の時間を割いて大学改革に取りみ、その成果も徐々にあがりつつある。そのような状況のなかで、1999年4月、「大学の自主性を尊重しつつ大学改革の一環として、国立大学の独立行政法人化について検討し、15年までに結論を得る」という閣議決定がなされた。それを受けて、国大協は、「設置形態特別検討委員会」を設置して国立大学の制度設計について検討を重ね、2001年6月12日の国大協総会で「国立大学法人化の基本的な考え方」及び「国立大学法人化の枠組」(中間まとめ)が報告された。国大協総会では、「枠組」に関してかなりの反対意見が出され、承認には至らなかったという。にもかかわらず、長尾国大協会長の記者会見の結果は、国大協は「枠組」を了承した、と報じられている。

 長尾氏の作為なのかマスコミの誤解なのか、部外者には分かるはずもないが、報道の内容を見る限り文部科学省の意向を踏まえたものであるということは間違いないであろう。それよりも驚くべきことは、文部科学省が経済財政諮問会議に提出した「大学(国立大学)の構造改革の方針」である。文部科学省は、大学の自主的改革といいながら、国大協に事前に諮ることもなく唐突に、経済財政諮問会議に「大学(国立大学)の構造改革の方針」(原案)を提出し、国大協総会で事後に説明するという方法を選択したのである。これはまさしく「上位下達」であり、国大協及び大学人は、今後の自主改革の意欲を失い、悪しき意味での大学間競争を煽り、国立大学協会を分断することになるであろう。今後、各大学は文部科学省案にどう対応していくかということに方向づけられるであろうが、長期的な観点にたって、国大協が一体となってわが国の高等教育及び国立大学の在り方を追求し、主張していくべきであろう。 

 大学における学術研究の成果は、広く社会の発展や人類の幸福のために還元されるべきものである。このような、大学の使命ゆえに、各国において大学が公的な支援を受け、学術研究が様々な助成を受けているのは、学術研究の公共財としての特性に基づくものであり、学術研究を推進することは、未来への先行投資と考えられる」からである。だからこそ、大学審議会答申『21世紀の大学像と今後の改革方策ー競争的環境の中で個性が輝く大学ー』(平成10年10月)も、「高等教育を取り巻く21世紀初頭における社会状況は現状からさらに大きく転換し、人類にとって真に豊かな未来の創造、科学と人類や社会さらにそれらを取り巻く自然との調和ある発展等を図るため、多様で新しい価値観や文明観の提示等が強く求められるようになると考えられる。このため、その知的活動によって社会をリードし、社会の発展を支えていくという重要な役割を担う大学等が、知識の量だけではなく、より幅広い視点から「知」を総合的に捉え直していくとともに、知的活動の一層 の強化のための高等教育の構造改革を進めることが強く求められる時代ー「知」の再構築が求められる時代ーとなっていくものと考えられる」と指摘しているのである。21世紀の日本は、「経済大国」から「文化国家」へと成長発展することによって「成熟社会」を迎えることが期待されている。国家財政が厳しい状況にあるとはいえ、「国家百年の計」を誤らないためにも、高等教育の財政基盤の弱体化は是非とも回避する必要がある。教育への投資は短期的・直接的にその成果が表われ、量的に計測できる性格のものではない。政府も財界もそのことを認識する必要がある。

 わが国がグローバル化するなかで、地域の産業や文化を育み世界に発進するとともに、地方分権化を推進していくためにも、交通情報網の整備と同様に、地方国立大学の整備が今後ますます重要な課題になってくるのである。 

鹿児島大学法文学部経済情報学科