Subject: [kd-021104] ユネスコへのアピール/奨学金返還免除制度廃止について
From: TSUJISHITA Toru
Date: Tue, 05 Nov 2002 00:13:29 +0900

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[1] 全国ネットワークからユネスコへのアピール(邦訳)
[2] 奨学金返還免除制度廃止についてのパブリックコメント
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[1] 全国ネットワークからユネスコへのアピール(邦訳)
http://www003.upp.so-net.ne.jp/znet/znet/appealtounesco.html
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ユネスコ事務局長 松浦晃一郎様

    アピール:日本の高等教育の基盤が危険にさらされています.

2002年3月26日、文部科学省に置かれた諮問委員会は、遠山文部科学大臣に、
全ての国立大学を、独立エージェンシー制度の下に置くとした最終報告を提出
しました。政府の報告書によると,これは「独立行政法人」と呼ばれ,政府支
出を減らすために構想された新しい型の公的法人です。文部科学大臣は、この
報告に基づき、2002年末までに法案を策定することになっています。しかし、
この法人化の提言に対しては、昨年9月に、法案の骨子が中間報告として発表
されて以来、諸大学やマスメディアから強い批判と反対の声があがっています。

最終報告は、次の諸点で大変問題があります。

1)文部科学大臣は、各大学ごとに教育と研究について達成されるべき目標を
定め、かつ、それらの達成度に応じて政府資金を配分することになっています。
各大学は目標を達成するため,あらかじめ定められた課題を遂行しなければな
りません。文部科学大臣はまた、各大学による達成度が政府の評価基準に合わ
ない場合、大学を閉鎖する権限を持ちます。評価機関は文部科学省の中に設け
られるので、政府から独立ではありません。

2)国立大学の教官や職員は、非公務員型雇員として扱われます。このことは、
教育公務員特例法によって保護されないことを意味します。教育公務員特例法
は、国公立大学に属する教官の基本的権利を保障し、特に恣意的な解雇から彼
らを守ることによって、学問の自由を守っています。この法律は国公立学校に
適用されますが、実質的には私立学校における雇員の労使関係にも影響を与え
ています。この法律がなければ、教員の雇用条件や地位は不安定となり、日本
の高等教育全体における学問の自由はその基盤を奪われることになるでしょう。

3)各大学における意志決定をなす運営協議会メンバーには、大学外部の人員
を加えなければなりません。これはそれぞれの大学から自治を奪います。大学
は,その管理運営に会社や政府関係者を入れることを余儀なくされます。究極
的に,このシステムでは教育は産業界や政府の目先の要求に奉仕することにな
るでしょう。

独立行政法人制度のもとに再編された大学は、もはや自由な気風に満ちた学究
のセンターではありません。産業界や政府の直接的な要求に合わないような基
礎的な分野の研究は急激に衰え、貧困な教育条件は改善されず、授業料は必ず
や値上がりするでしょう。小泉内閣は、大学を大企業の競争力強化のためのも
のに変えるための,いわゆる「大学構造改革」の実行を求めています。これは
また,上にも述べたように、はなはだ官僚的なシステムを含むものです。最終
報告はこの小泉内閣の大学改革プランを強いるもので,政府の高等教育に対す
る責任を最小化し、反対に管理は最大化する、というものです。これは、日本
だけでなく世界の知的基盤である大学の自由な発展を阻害します。その結果、
第二次世界大戦前の専制的な政治体制下の日本のように、大学は完全に国家権
力に支配されるでしょう。

最終報告はユネスコの文書に反します。とくに、以下の文書の諸条項に反しま
す。

1997年の「高等教育の教育職員の地位に関する勧告」
 IV. 教育目的および教育政策、のなかの10条a項、
 V. 教育機関の権利と義務および責任、のなかの17条から19条、
 VI. 高等教育の教育職員の権利と自由、のなかの27条、28条、29条、および32条、
 IX. 雇用の条件、のなかの45条

1998年の「21世紀に向けての高等教育世界宣言 −展望と行動−」
 第1条 教育、訓練、研究を行う使命
 第2条 倫理的役割、自治、責任および期待される役割
 第10条 主要な当事者としての高等教育の教職員と学生、のなかのc項
 第14条 公的サービスとしての高等教育の財政、のなかのa項

1998年の「宣言」の「高等教育の変革と発展のための優先的行動の枠組み」
 I. 国レベルでの優先行動、のなかの1条a項、j項、k項
 II. 高等教育の組織および機関のレベルでの優先行動、のなかの5条,6条g項 

日本政府が承認したユネスコの勧告と宣言の文脈において、私たちは貴下に、
国立大学を独立行政法人制度の下におかないよう日本政府に警告することを,
強くお願いします。なぜなら、最終報告は、そのようなシステムが日本のみな
らず世界中の高等教育の発展にとって否定的な影響を与えるということを明言
するユネスコの諸合意に反するからです。

署名

山住正己 (東京都立大学名誉教授)
国立大学独立法人化阻止全国ネットワーク代表 
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[2] 辻下 徹:奨学金返還免除制度廃止についてのパブリックコメント
http://ac-net.org/dgh/02/a17-shougakukin.html
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2002.10.17
To: gakusei@mext.go.jp
Subject:「新たな学生支援機関の在り方について」*1に対する意見
*1: http://www.mext.go.jp/b_menu/public/2002/021002.htm

「いつものことであるが、このような重要な問題についての意見募集としては、
募集期間が余りに短い。以下は、教育研究職への奨学金返還免除廃止の方針に
ついてのみ、意見を述べたい。

  特殊法人統廃合問題と、奨学金制度の見直しとは、別の問題である。奨学金
返還免除制度廃止は大きな影響のある政策であって、このような行政改革の議
論の一部で簡単に片づけることができる問題ではない、高等教育政策の全体と
切りはなして是非を論じることはできないからである。

  高等教育費用の受益者負担主義政策の下に、国立大学の学費が四半世紀にわ
たり計画的に値上げされ、また、今後、国立大学が独立行政法人化した場合に
は、学費はさらに値上げされることは避けられないと予想されている。一方、
国民の間の経済格差は急速に拡大している(*1)。この中で、奨学金制度の果す
役割は以前にも増して大きくなっている。

  この状況にありながら、奨学金事業を国が縮小しようとすることは大きな問
題である。しかも、本来、国民の基本的人権である教育権を守るための奨学金
事業の核心をなすスカラーシップ型奨学金を実現している返還免除制度を「若
手研究者の確保等という政策目標の効果的達成の手法」としてしか「特殊法人
等整理合理化計画」では認識されておらず、その政策目標の効果的達成のため
に、奨学金とは全く別の方法に切り変えようとしていることは、問題をよく認
識していないのではないか、と思われる。

  このような動きは、高等教育の機会が経済状況に大きく依存する時代を招く
危険性が大きい。

  一連の政策の根底にある高等教育受益者負担主義が政府方針となったのは、
皮肉にも、高等教育の無償化が国際人権規約で採択された時期である。196
6年に国連で採択され1976年に発効した国際人権規約「経済的、社会的及
び文化的権利に関する国際規約(A規約)」には、13条の2(c)「高等教育
は、すべての適当な方法により、特に、無償教育の漸進的な導入により、能力
に応じ、すべての者に対して均等に機会が与えられるものとすること。」とい
う規約があるが、これをいまだに批准していないのはマダガスカルと日本だけ
だ、と文部科学省は国会の審議で答えている。

  世界の潮流に逆行する高等教育受益者負担主義は、日本社会に支持されてい
るのだろうか。そもそも、その政策は日本社会に開示されているのだろうか。

  この政策は国民の教育権を冒すだけでなく、次のような点で、国策としても
拙劣であると思われる。

(1) 高等教育を受けた人が、自分の利益を追求することを国として奨励している
ことになる。
(2) 高等教育費の高騰により少子化が加速する。これほど効果的な少子化推進
政策はないとすれ言える。その一方で、膨大な国家予算を効果のない少子化防
止政策に割いているが、焼け石に水である。
(3) 人の資質は経済的条件とは独立しているので、経済的条件で人を篩にかけ
ることは「人を育てる」国の事業としては戦略的ミスと言える。

  高等教育受益者負担主義にともなう(3) の問題を解消することが、奨学金制
度の本来の使命であるはずだが、奨学金返還免除の廃止は、その使命を忘れた
ものと言えるだろう。

  奨学ローンだけになれば、人生のスタートラインで、数百万の借金をもろに
背負う人がかなり発生することになる。たとえ無利子であっても、それを返還
することは、若い人の給与が少ない日本社会(*1)では大きなハンディとなるは
ずである。「特殊法人等整理合理化計画」の方針が実現し、優秀な人ならば莫
大な競争的研究費を獲得し奨学ローンをすぐに返せるようになるとしても、そ
れを当てに出きるほどの自信を大学院進学を決める時点で持つ者がどれだけい
るだろうか。結局は、経済的余裕がない家庭の子女で、聰明で良心的で先をよ
く考えるような人が、大学院進学を断念することになる場合が出てくるだろう。

  最初に述べたように、奨学金制度は、高等教育政策全体と切りはなしては、
論じられない。検討会議が返還免除制度廃止の理由として挙げていることは、
この制度が果している役割の大きさからすれば、廃止の理由としては取るに足
らない。

  戦略的なミスは戦術的考察では解消できない。高等教育受益者負担政策は戦
略的ミスであり、奨学金制度を変更するような戦術的レベルのことで、問題を
解消できるとは思えない。

  高等教育予算縮小政策を数十年も続けたことの政策評価をきちんとすべき時
期に来ている。検討会議は、そこまで踏み込んで議論すべきではないか。

ーーーーーーーーーーーー

  以上、検討会議の姿勢そのものに問題があることを指摘したが、中間まとめ
の具体的内容にも問題がある。

  廃止の理由として検討会議自身は挙げているのは次の2点である:

(a)教育・研究職という特定の職に対してのみ返還免除を行うため不公平感を
生じさせる。
(b)制度導入時と比べ教育・研究職の処遇の改善や需給構造の変化等により人
材の誘致効果が減少していることなどにより、その意義が薄れてきている。

しかし、その直後に、

(c)しかしながら、引き続き、優れた学生に対する大学院への進学のインセン
ティブの付与や、研究者養成の充実の視点は重要であり・・・

と主張している。主張(b)と主張(c)との関係が不明確である。それどころか、
「引き続き」という言葉があるので、主張(c)は、主張(b)を否定していると思
われる。実際、主張(c) は、教育研究職への奨学金返還免除は大学院進学のイ
ンセンティブとなっている、という認識が背景になければ理解しにくい。そう
いう認識があるからこそ、その廃止によって大学院進学へのインセンティブが
減少することを懸念して、少なくとも「優秀な」者については、返還免除に替
る大学院進学のインセンティブを用意しなければならない、と主張していると
しか解釈できない。

  主張にこのような行き違いがあることは、「特殊法人等整理合理化計画」で
述べられている政府方針を吟味しようとせず、検討したような外見を取り繕う
ために、理由を適当に付加したためではないか、と推測される。

  それでは主張(a)はどうか。

  主張(a)は、返還免除を廃止することの理由にならないことは言うまでもな
い。もしも「不公平感」が問題ならば、他の公平な基準を見いだして、返還免
除制度を続行すべきであろう。その点、中間まとめで提案されている「大学院
生を対象とした給費制奨学金」を、院生の経済的状況だけを基準として給付す
ることが、公平性の点でもインセンティブの点でも、すぐれた案ではないかと
思われる。

  米国では、多様な奨学金があるが、国の奨学金は、経済的な視点だけで支給
されており、州や大学の奨学金は、優秀さなどを配慮した奨学金となっている
と言う(*2)。国の奨学金は、経済格差解消だけを使命として支給されるべきで
はないだろうか。それが、国にとっても最も効率の良い奨学金制度となると思
われる。

  最後に検討会議にお願いしたいことがある。奨学金返還免除制度廃止をもし
も提言するのであれば、具体的代案を強く提言すべきである。中間まとめのよ
うに、種々の代案を羅列するだけならば、結局、政府が示唆している通り、奨
学金の一部が競争的研究費に化けてしまうであろう。是非、検討会議としての
使命を十全に果して頂きたい。

(*1) 橘木俊昭「日本の経済格差ー所得と資産から考えるーー」岩波新書590,
1998. ISBN 4-00-430590-X

(*2) 塙 武郎「米国における奨学金制度ーその支給構造の総体ー」
大学研究23, 2002.3, 筑波大学大学研究センター、209-233.
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発行人:辻下 徹 tujisita@math.sci.hokudai.ac.jp 
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