==> 国立大学独立行政法人化の諸問題
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2000.3.13 -- 2000.3.20

1251 tjstさん atandt 2000年3月13日 14時58分 ref: tjst/1246 >自分の講義の単位がなければ卒業できなくなる学生を容赦なく落とせる教員は少数だと思う。 tjstさん、こんにちは。貴殿の主張を大変興味深く拝見させて頂いております。 さて、上の貴殿のこのコメントに関してなのですが、これは日本において、明 らかに事実であるにせよ、個人的にはこれは教育者としての責務の怠慢ではな いかと思えて仕方がないのです。 かなり前になりますが明治大学の法学部の教授が単位認定を厳しくしたため多 くの学生が卒業できず、就職に影響が出て、大きな議論を巻き起こしました。 しかし、最近では青森県立大学が大学全学的に同様な方針を取っているし、他 の私立大学でも似たようなトレンドが広がりつつあるのは事実だと思います。 これらは少なくとも、教員側に自らの教育手法に対する自負と社会に対する責 任感があれば実行可能であることを示しており、教員側はそれだけの覚悟を持 つべきではないかと考えるのですが。やっぱり難しいものなのでしょうか。。。 ご意見をお伺いできると幸いです。
1252 tjstsさんへ、医学での反論。 ladyelite 2000年3月13日 22時0分 ref:t25346 /1 >(6d)医学や法学などでは無理 >  (6d1)「検討の方向」例:国家資格試験制度の見直し 現在の医学教育と医師資格試験制度は世界の医学界が長い年月をかけて検討し 作り上げてきたものです。基礎医学2年、臨床医学2年の計4年の医学専門教 育(国によっては多少長くなることもある)と医師資格試験は一定の基準に達 していないものを医師にさせないということなんです。アメリカでもかつて短 期間の講習程度で医師になれる時代がありました。医療レベルが低すぎて社会 問題化し、ヨーロッパの高度な医学教育と医師資格試験制度をとりいれて現在 の世界最高ともいえるアメリカの医学教育と医療システムがあります。日本も 欧州やアメリカの医学教育システムと医師資格試験システムを採用しています。 あなたの発言はこういった内容を全く理解していないし、医学界の努力をない がしろにし、医学教育や医療システムを破壊するものです。正確な知識もない のに単なる思いつきで専門外のことに口をはさむのは慎んでいただけませんか。
1253 「教育者としての責務」と卒業制度について(1) > atandt さんへ tjst 2000年3月13日 23時31分 ref: atandt/1251 卒業制度を廃止せよと主張する理由の中で、講義が厳しくできるというのは枝 葉末節です。主要なことは、大学での知的活動の記録が「卒業したか否か」と いう単純なものとしてしか残らないことは問題だ、ということです。 しかし、「情状酌量するのは教育者としての責務の怠慢ではないか」という批 判は重要な論点ですので、少し私見を書かせて頂きます。「教育者としての責 務」とは何かが問題になります。
1254 「教育者としての責務」と卒業制度について(2) tjst 2000年3月13日 23時36分 ref:tjst/1253 明治大学N教授の<美談>は、新潮文庫「大学を問う」(産経新聞社会部編 isbn4-10-145511-2)p25-34 に紹介されていますね。22名がこの講義がとれ ないために卒業ができなかったそうです。次の9月も4割が不合格だったと書 いてありますが、その8〜9名のその後の運命については触れず、9月に卒業 できたある学生T君の言葉「N先生の債権法をクリアしたことで生きる自信は 持てた」と、N教授の言葉「大学は大人と大人が付きあう場ですから」が紹介 されています。至言です。T君のような学生(他の逸話を聞くとかなり例外的 な自立性を持った学生と思われる)ばかりならば厳しくすることに何の問題も ありません。
1255 貴方のような大学人こそ有害無益>tjstさん mkat71 2000年3月14日 1時19分 ref: tjst/1246 >「卒業」しかた否かという2値で学生の4年間の知的生活の質を評価するのは愚の骨頂でしょう。  「卒業」という事をその程度の認識しかできない貴方が大変哀れに思われま す。そして、そのような大学人に教育を受けなければならない学生さんを不憫 に思います。  学問に終わりはない。大学を卒業したからと言って日々研鑽しなければ知的 水準の維持はできない。しかし教育はどうか。日々の講義やゼミなどの少人数 教育を通じて「学士」に値する思考能力、人間性を身につけさせる。それが大 学での教育ではないのか。そして、それが一定水準に達するからこそ大学とい う高等教育機関を「卒業」するのではないか。
1256 「卒業」は学生生活の評価などではない >tjstさん mkat71 2000年3月14日 1時22分 ref:tjst/1246  「卒業」は学生生活の評価などでは決してない。学生時代に学んだ学問、恩 師から受けた教育を社会に還元し、社会全体を向上させてゆく、そのことが大 学を卒業し、社会に羽ばたいてゆくことの意義であり、学生一人一人の卒業後 の活動が学生生活の評価である。単位がどうの、優がいくつあっただのという 事が学生生活の評価ではない。少なくとも私の恩師はそう教えてくれた。だか ら私はこの恩師の元で学んだことを誇りに思う。他の同窓生もそう思っている。 故に、毎年一回、飛行機代を払ってまで恩師の元に多くの卒業生達が集まる。  tjstさん、あなたにこのような教育ができますか。自身の教育能力のなさを 棚に上げ、「卒業」という制度を批判することなどまさしく愚の骨頂。 くだらぬ改革案を考える時間で、自己を研鑽し、より良き教育者となっていた だくことを望みます。
1257 <共同体としての大学>とはなんですか?>tjstさん mkat71 2000年3月14日 1時31分 ref: tjst/1250  貴方にとっての<共同体としての大学>は何なのでしょうか?少なくとも、 貴方は大学という組織を有効に使っているとは思えない。  例えば、以前、法律解釈を誤っていたときも、貴方は自分自身できちんと調 べられましたか?貴方の大学は総合大学ですね。法律の専門家もいれば、図書 館に行けば上質な知識の泉源となる図書もあるでしょう。それらにも当たらず、 勝手な解釈をされていましたね。国際会計基準の議論の際もそうです。下らぬ 文庫本を買うのなら、なぜ専門家の意見や上質の図書に当たらないのか?私に とっては貴方の行動が不可解であり、また、そのような貴方が<共同体として の大学>ということを説かれるのが滑稽でなりません。
1258 「教育者としての責務」..(3)卒業と中退の差が大きすぎる tjst 2000年3月14日 6時42分 ref:tjst/1254 問題は、9月も落ちた8〜9名の学生です。N教授の試験問題(例がp32にあ る)は、知識だけでなく高い知的成熟度を要するものと思われ、いくら勉強し てもこれをクリアできない学生が居たのではないかと想像される。もしもそう だとすると、債権法以外はすべてとれているが中退となった学生がいたことに なる。ある科目がとれないばかりに大学中退という汚名を一生背負う。そうい う事態がある以上、単独の科目の基準だけを根拠に合否を決めるのは、総合的 に見ると<教育者としての責務>を忘れているとも思われる。そう思わざるを 得ないのは「卒業可否」という粗雑な評価だけが学生に刻印され、大学で学ん だことの具体的中身は問題にされることがない卒業制度に原因がある、と言い たいのです。 (註:昨晩受け付けてもらえなかった分です。mkat71 さんの書き込みへの返 事にはなっていません)
1259 「教育者としての責務」..(4)「通過型」と「専門家養成型」 tjst 2000年3月14日 6時43分 ref:tjst/1258 この主張は通過型と呼ばれる領域で特に妥当します:専門教育であっても、卒 業後社会に出る学生には知的に成熟する契機としての意義が主要であるような 領域です(文系はそれが多いでしょうし、数学もそう言う面がある)。この場 合は特定の科目がとれないので中退にする、ということに余り<教育的な>意 義があるとは思えない。 ladyelite さんが言うように、医学部や法学部のように<専門家として必ず習 得しなければならない知識は何か>について合意がある分野では話しは違うの かも知れません。とは言っても、医学的知識だけで良い医者に、法律的知識だ けで良い裁判官になれるのだろうか、人でもある生物ヒトに対するときに必要 となる別の「知識」を念頭におくとき、医学部教育や法学部教育であっても、 膨大な専門的知識の習得に学生を忙殺させるだけいいのか、という問題は当然 あるのではないか、と素朴には感じます。欧米では数学科を出てから医者にな るような人が少なくないが日本では皆無だ、と言っていました。 以上、atandt さんへの答えになっていると良いのですが。
1260 1)少人数教育は国立大の特徴であり、 howluck 2000年3月14日 7時7分 ref:mkat71/1239 2)それがよりよい(言いたかぁないが私立より良い)教育的価値を発揮して いるので、3)このシステムを維持すべきである。と読める。 現状の少人数制を堅持することがその目的に近づく、そう主張するのか? つ まり、国立現状存続という方がロジックに合う。君は、「自分の意見を変えさ せるよな投稿に出会ってみたい」と、それを官僚的に待っているように感じる。 君から柔軟な発想が出たのを見たことがないが、若いうちから批判屋に陥るの はやめた方がいい。政府すら困惑している現状。いま、創造こそが必要である。 創造初期の意見のもつ「弱々しさ」を批評する資格があると思うなら、おめで たい人間だと言うほかない。
1261 医学生に医学教育だけ、というのは勿体ない > ladyelite さん tjst 2000年3月14日 7時21分 ref:ladyelite/1252 > 医学界の努力をないがしろにし、医学教育や医療システムを破壊する つもりはありません。逆です。 医学部の学生さん達は、たぶんどの大学でも、最も成績良いグループを成して いる。その学生さんが6年間国家試験だけを目指して勉強するというのは、本 人にも国家的にも、もったいない気もする。学部の間(優秀な彼らにはたぶん 3年間で済む)は他の学問を身につけ、大学院で医学教育の訓練を受ければ日 本の指導者となれる人達が続出するかもしれない。同僚に聞くと、外国の医学 研究者には数学科を出た人も少なくないそうです。どうせモラトリアムの時代 です。トップクラスの能力を持つ若者がそういう医者に育っていくような場を 作るべきではないですか。 >専門外のことに口をはさむのは慎んでいただけませんか。 あなたもmkat71 さんと同じ物言いをなさいますね。今の医学教育で根本的に 困っておられることは何もないのでしょうか。
1262 世間と国立大学が乖離した現状では、大学の根本原理を考えてみること kumakuuun 2000年3月14日 7時52分 ref:ladyelite/1252 が大事ではないでしょうか。まず根本を考えてみて、次にそれが現実に応用で きるかどうかを調べるという態度が間違っているとは思えません。それが実際 に応用できるかどうかは別問題ですが。 ladyeliteさん, mkat77さん、現実の 枠から少しはみ出て見ようではありませんか。この掲示板は、自由な発想が出 来る貴重な場所です。私も、tjstさんの根本理想に異議がない訳ではないので すが。
1263 「学問に終わりがない」の本当の意味  > mkat71 さん tjst 2000年3月14日 8時18分 ref:mkat71/1255 「日々の講義やゼミなどの少人数教育を通じて「学士」に値する思考能力、人 間性を身につけさせる。それが大学での教育ではないのか。」 どこかの報告書のような台詞ではないですか。どうやら大学人から大学の現状 批判を引きだしたいようですが、先に引用した文庫本「大学を問う」でも読ん ではどうでしょうか。 どういう情報源からでも意味のある情報を取捨選択して読み取ること、それが 学問で最初に学ばなければならないことですし、今のような時代ではすべての 人に有る程度要求されていることです。<権威ある本>には最も重要なことに 触れていない−−その権威は相対的でしかなく多くの問題を抱えているという 自明なことには触れていないことが普通なのです。 学問に終わりがない、というのは権威や「標準的見解」など手放しに信じるな、 ということです。そういう自明なことがわかっていない。
1264 tjstさんへレス・・・医学に関して ladyelite 2000年3月14日 8時20分 ref:tjst/1261 わたしが言及したのは臨床医の養成に関してです。臨床医学教育は専門家養成 教育だということです。基礎医学2年、臨床医学2年の計4年の専門教育を終 えて、医師資格試験を受験して医師になります。専門教育はハードですが勉強 するのは当たり前です。あなたのはじめの書き込みだと現在の医学教育と医師 資格試験そのものを否定している感じを受けました。それで反論したわけです が、あなたの、この書き込みだと少し意味が違ってきていますね。 わたしもいわゆるメディカル・スクール構想(医学教育を4年制大学終了後に 大学院で専門教育としてはじめる)には賛成ですよ。アメリカの医学教育はこ のシステムをとっています。ただ卒業試験や医師資格試験は必須とすべきです し、医学専門教育を受けたものにのみ医師資格試験の受験資格を与えるのは、 臨床医学の専門性からは当然のことです。基礎医学に関しては必ずしも医者で ある必要は無く理工系や薬学、農学出身のかたでも充分に可能だとおもいます。
1265 研究と教育との狭間で(1) > mkat71さん tjst 2000年3月14日 8時34分 ref:mkat71/1256 > 単位がどうの、優がいくつあっただのという事が学生生活の評価ではない ですが、単位が足らないという理由だけで大学中退になるのですよ。自分の講 義の基準を満たす能力はないから一生「大学中退」の汚名を背負え、という冷 酷さを身につける努力をすることが「より良き教育者」への研鑽ということで すか。 学生と教員の今のような強い制度的繋がりの下では、次の2つ選択肢の間のど こかの妥協点を模索するしかない。 (A)講義の合否の基準を学生に合わす (B)基準は下げずに個々の学生に個人教育い近い形で教える 大学教員に要求されている多くのこと(研究・大学院教育・運営等)の傍ら (B)を徹底することは端的に無理と感じる。(A)を加味しないで妥協点が 見出せるとは私には思えない、しかし、私自身が(B)をとことん試みていな いことは確かで、それを「教育能力のなさ」(というより教育への情熱が足ら ない)と言われるのならば仕方がない。
1266 研究と教育との狭間で(2/2) >mkat71 さん tjst 2000年3月14日 8時37分 ref:tjst/1265 ここに研究と教育の関係が問題になってくる。多くの同僚が悩んでいるし10 0年来の大学の悩みでもある。教育政策を立案する人達の中に、研究と教育を 切り離せば問題が解決すると幼稚に考えている人達がいるようです。分離が教 育も研究も損なってしまうことは、現場の者には当たり前のことです。 蛇足になりますが、落ちこぼれる方が悪いという最近の世の中の風潮を背景に (C)大学中退になろうが構わない、どんどん落とせ という簡単な解決を大声でいう人もありますが、これは「良き教育者」の解決 とはちょっと思えない。
1267 <有効に使う>のが共同体ではない > mkat71 さん tjst 2000年3月14日 9時5分 ref: mkat71/1257 大学を<有効に使う>組織と考えるのは共同体とは考えない、ということです。 <大学が共同体>というのは、自分は数学をやっていて、彼は生物学を・彼は 哲学を・彼は医学を・彼は政治学やっている、そこに共通の生き様を感じ、利 害では対立することがあっても、根本的には互いの存在を認め合い、知らず互 いに励まし合っている。そういったものです。互いに「有効に」使うというも のではない。 学生の存在もそうです。彼らは数年しかしない。彼らの多くは知識は乏しく考 えも浅い、しかし彼らは皆生命の迸りを自明に持っている。それが大学の生命 性の源泉となっている。 こういう共同体としての大学が危機に瀕している。大学生が増えたのが原因で はない。半数以上の人が大学に進学するときに、少数のエリートだけが大学に 行った時代からの制度、入試や卒業などの制度、に執着しているところに原因 がある、と言いたいのです。
1268 >「無試験全入」だけで実現すると思うのは幻想 howluck 2000年3月14日 14時7分 Ref: tjst/1246 はい。そうでしょう。 >自分の講義の単位がなければ卒業できなくなる学生を容赦なく落とせる教員 >は少数 少なくとも、この部分の意識改革とペア。私の友人によれば、testで本当に単 位を出せると思うのは3割ほどだそうですな。 自分の教え方の無能さ、「ない」。授業への真剣に関わったか、「断固問題な い」。教授会でのいいわけ、社会や親の目、学生からの恨みの目・・・そんな ものは一切気にしない。自分の考える単位認定基準に到達しないなら、国家上 級職に合格していようが切る。 卒業を厳しくするということは、教育スタッフにこの種の「覚悟」を要求する ことである。また、そうであればこそ、大学に入ってからが本当の勉強である と学生は思い知るだろう。私は、「貴方のような大学人こそ有害無益」(1255) とは決して思わない。ただ、大衆化とともに、大衆教育に「寄った」教員の意 識改革は必要であると思う。 受験人口が1992年のおよそ半数になり、18歳人口の7割が大学に入れる計算に なる。大衆化の極みに大学の価値が残っているか?法人化の内容も変わりそう であるが、意識改革の好機である。そうそう機会はない。
1269 いいえ、違うと思います>tjstさん mkat71 2000年3月15日 1時27分 Ref: tjst/1270 >「日々の講義やゼミなどの少人数教育を通じて「学士」に値する思考能力、人間性を身につけさ せる。それが大学での教育ではないのか。」 これは日々学生と向かい合い、より良き教育を目指して奮闘している我が恩師の姿を見て思ったこ とです。それが、 >どこかの報告書のような台詞ではないですか。 とは、あきれました。正直申しまして、tjstさん、あなたは学生と真剣に向き合って教育というもの をなされたことがありますか? ><権威ある本>には最も重要なことに触れていない−−その権威は相対的でしかなく多くの問題 を抱えているという自明なことには触れていないことが普通なのです。  で、あなたは<権威ある本>を読んでいますか。読まねば「何をふれていないか」なんてわから ないのではありませんか。 >学問に終わりがない、というのは権威や「標準的見解」など手放しに信じるな、ということで す。そういう自明なことがわかっていない。  いいえ、違うと思います。学問に終わりがないということは、常に自己研鑽し、学び続けなけれ ばいけないと言うことだと私は母校の先生方の姿から学んだことです。そして、「権威や「標準的 見解」など手放しに信じる」ことと同様、権威や「標準的見解」だからといってろくに探求もせ ず、批判することが愚かなことであるとも学びました。
1270 「大学中退」は汚名ですか?>tjstさん mkat71 2000年3月15日 1時42分 Ref: tjst/1265 まず、確認したいのですが、単位不足で卒業できなかったとしても、即、大学を追い出されるわけ ではありませんね。通常、国立大学では4年制の場合、8年(東大は6年と聞いていますが)の在 籍可能な期間があるはずです。ですから、 >自分の講義の基準を満たす能力はないから一生「大学中退」の汚名を背負え  などと言うことは、現実には8年生の時にしか起こらないのですが。その点、きちんと理解され ていますか。 また、 >一生「大学中退」の汚名を背負え とは、これまた教育者の口から出るとは思えない言葉です。「大学中退」は汚名ですか?世の中は そんな一面的なものではありませんよ。それに自ら、別の道に進むために大学を中退する方もいら っしゃいます。私の周りにも、大学を中退した人がいますが、大学を辞めたことを悔いてもいませ んし、汚名だとも周りは思っていませんよ。正直申し上げて、大学を中退した方に失礼な物言いだ と思います。
1271 tjstさんへレス。 kumakuuun 2000年3月15日 7時19分 Ref:tjst/1247 >(0)国立大学は全体として一つの自治組織となる。:賛成。法人化はその良い機会と思う。別 法人となっても、出来るだけ各大学の垣根を低くする。 >(1)授業料は(公立大学・私立大学も含めて)無料とする。:理念は賛成だが莫大な費用がか かる。国立大学だけなら可能だが不公平の方向は考えにくい。基礎教育を全て放送大学にすればそ の期間は無料も可能。 >(2)大学入試は廃止する。: まわりのトピの有様を見ても、大賛成。 >(3)特定大学で囲い込まない(北海道→沖縄→青森): 大賛成。(0)とも関連するが、別法 人でなっても単位は全国共通性にしてもらいたい。 >(4)卒業制度をなくす。:基礎教育機関に限っては賛成。単位さえそろえばいつでも専門・実 習課程に入学可能にする。専門・実習課程では、終了・卒業資格認定を大学が出すことは必要と思 う。 以上、レスでした。
1272 少しでも(B)に近づけてください>tjstさん mkat71 2000年3月15日 7時33分 Ref:tjst/1265 >(A)講義の合否の基準を学生に合わす (B)基準は下げずに個々の学生に個人教育い近い形で教える 大学教員に要求されている多くのこと(研究・大学院教育・運営等)の傍ら(B)を徹底すること は端的に無理と感じる。(A)を加味しないで妥協点が見出せるとは私には思えない、しかし、私 自身が(B)をとことん試みていないことは確かで、それを「教育能力のなさ」(というより教育 への情熱が足らない)と言われるのならば仕方がない。  いろいろと大変だということはわかっています。しかし、tjstさん、(B) が理想だということは自明のことですね。少しでも(B)に近づけるよう頑張っ てみませんか(但し、基準はあまり高いところにおかないでくださいね。tjst さんは理想が高そうですから)。私の恩師は(B)に近い形で講義を行うよう 日々努力されています。ゼミや少人数教育でも学生と向き合い、熱心に指導さ れています。  正直申し上げて、今までのtjstさんの書き込みからは学生と真剣に向き合っ たあとが感じられません。もし、日々学生と向き合っていたなら、今回の「中 退」の件に関しても単純に「かわいそう」ではなく、大学のカリキュラムや講 義の進め方の問題なども含めて、多様な考察ができ、もっと違った提案ができ たのではないかと思います。
1273 近藤義臣氏<意識改革の勧め>の紹介 tjst 2000年3月15日 7時56分 Ref:t25346 昨日Reform ML に流れた、近藤義臣氏のメッセージ<意識改革の勧め>の一部 を紹介します。全文は次のリンクにも掲載されていますのでぜひ全文を読まれ ますように。 http://www.el.gunma-u.ac.jp/‾t-tak/stff/susume.html ------------------------------------------------------------------ 1) 基本的な考え方: 教育と研究の場である「大学」とは、 (イ) 教育の場として、次の世代を担う若者や、自分にとって未知の事を学び に来る人々に「教養科目や基礎及び専門科目の知識を教える」事だけではなく、 「彼らの人間性や人格を含む全体を育み、かつ、彼らに自ら成長してもらう、 と同時に教職員自らも成長していく」、という高い理想に基づいて築きあげら れてきた環境を持つ、一つの自治的な小社会である。 (人は一生の間、精神 的に成長し続けています。) (ロ) 研究の場として、何かを究明し、且つ、全ての人々に幸福をもたらすよ うな新しい何かを生み出し、それらの成果を世界に向かって無償で提供すると いう崇高な機能を託された一つの自治的な機関である。   (ここで注意す べき事は、この崇高な機能を託す付託者とは、今の内閣の日本国政府や税金を 納めている日本国民だけではなく、”歴史的には古代ギリシャ時代のアカデミ アの掲げた理念に遡り、現在も未来にも続いて「時間と共に進化していく人類」 であると意識する事です。) (ハ) その時々の社会の要請に結びつきながらも、社会や国家とも一歩離れて、 過去、現在、未来に渡り、時代や時間という流れの上で「普遍的な真理と真実」 を追究しながら、「人類の知という資産」を創生し、且つ、その遺産を引き継 ぎ続ける一つの神聖なる機関である。 (以下は http://www.el.gunma-u.ac.jp/‾t-tak/stff/susume.html へ) ------------------------------------------------------------------
1274 謝罪:「汚名」という言葉を tjst 2000年3月15日 8時25分 Ref:mkat71/1270 用いたことは不適切で、私自身の意識の低さを露呈しています。多くの方々に 対し申し訳なかったとおもいます。どうぞお許しください。 mkat71 さんが言われるように、大学中退を積極的な行為として選択する、個 の確立した方も少なくないことは事実です。そういう方は大卒の方にはない重 要性を担う存在です。しかし望まないで大学中退となる場合には、大卒と比べ て本人には大きな社会的な負担になるはずで看過しにくい、という趣旨の発言 でした。 なお、在籍可能な期間が8年(最近は前半4年・後半4年が普通)あることが 問題の解決にはならないことは多いです、どう努力しても特定の科目の基準に 達しないことは有りうる。 その背景には、長期間在籍する学生の中には学業以外の個人的な問題を抱えて いる場合がある、ということがあります。(これは大学に限らないことだと思 いますが)教職員が対応に悩む場合も少なくありません。大学では、「大人と 大人の付きあい」としてほっておくべきかも知れないし、学生自身もそれを望 んでいる場合もありますが、単純には割り切れません。
1275 社会経済生産性本部のアピール tjst 2000年3月15日 18時41分 Ref:howluck/1268 財団法人社会経済生産性本部が昨年末12月27日に「中央教育審議会答申に 対する緊急アピール〜教育改革は大学入試の廃止からはじめよう〜」 http://www.jpc-sed.or.jp/pri/chukyo/index.html を出しています。 howluck さんが言及していたのはこれでしょうか。
1276 同財団の社会政策特別委員会の報告 tjst 2000年3月15日 18時49分 Ref:tjst/1275 アピールの背景にあるのは同財団社会政策特別委員会 http://www.jpc-sed.or.jp/sb3/sb301.htm の1999年7月23日報告「21世紀を展望した社会体系のあり方探る」 http://www.jpc-sed.or.jp/pri/pri02.htm です。これは小中高校のレベルから規制緩和を徹底して「競争原理」を働かせ ようというものですが、教育制度改革はほとんど その通りに動いているようです。
1277 同財団の社会政策特別委員会の報告(2/2): 大学改革 tjst 2000年3月15日 18時51分 Ref:tjst/1276 報告書要約より: 「大学の改革については、勉学の意欲のある者に大学の門を開放するために、 (1)大学の定員制度を廃止して、大学入試をなくすが、入学してからの成績 が基準に満たないものを留年・退学させるキックアウト制を導入すること、 (2)入試廃止の際の混雑現象を回避する方法や、銀行貸付けによる奨学ロー ンと大学独自の奨学金制度の充実を試算例とともに提案している。 」政府が 進めている方向(大学間の競争)をもっと徹底的に行えという単純な主張と解 釈されて使われる可能性はありそうです。 蛇足ですが、昨年末に同財団のメンタルヘルス研究所が「リストラ解雇で日本 の企業全体の志気が下がっている」 http://www.jpc-sed.or.jp/mhr/mhr07.htm という警告を出していましたね。
1278 〜教育改革は大学入試の廃止からはじめよう〜 howluck 2000年3月15日 23時20分 Ref:tjst/1275 私の提起には特にネタがあるわけではないものの、ある価値観の上にある。社 会経済生産性本部というのは不勉強で知らなかったが、引用によって、私の主 張が「一個人の勝手な意見ではない」ことが理解してもらえるだろう。ありが とう。 大学入試を廃することで、偏差値に寄りかかってきた教育関係者たちは言うに 及ばず、良い大学から良い就職へ、という親の価値観も破壊することができる。 この「全般」のトピックも、おおかた吹っ飛ぶだろう。ワクの外を見ようとし ない飼い慣らされた者たちの戯言だらけだ。 たかだか18歳の学力ごとき、である。あらゆる価値評価ができないほど入試の 価値を下げ、そのかわり、大学で学問本来の競争をさせる。そのための、「出 口規制」である。 教育の有り様は、「大学入試」体制が握っている。
1279 別に大学入試にこだわらなくても良いんじゃない? LadyElite 2000年3月16日 19時31分 Ref:t25346/1 なんか大学入試が必要とか不要とかで盛り上がっているようだけど。アメリカ もヨーロッパの先進国も大学入試を行っている。日本よりずっと厳しいところ もあるしね。例えばフランスのグランゼコール(エリート養成の専門大学)や アメリカの医学部入試も日本以上に厳しいですよ。入学後は選抜された優秀な 学生に徹底した専門教育を行っており、入学者の殆どが卒業する。 まあ日本は大学の数も大学生の数もヨーロッパなんかと比べればずっと多いし、 大学生全体でみた場合の学力も低い。だから例えばグランゼコールや医学部の 学生の学力レベルを基準にすれば、あまりにも低レベルの大学や大学生が多い のが日本の特徴。大学を一律にとらえるんじゃなくて学力の低すぎる大学や大 学生が多いのが問題。入試うんぬんというより基準点以下の学生は大学に進学 させないのが良い。大衆教育と高度専門家養成教育は別の次元ですよ。 1280 大学で勉強しない今の体制は、問題とは思いますよ jakstat 2000年3月16日 19時31分 Ref:howluck/1278 でも出口規制でも「たかだか22歳の学力」ですよねえ。これまでは高校卒業時 の学力で一生が決まっていたのに、これからは大学卒業時の学力で決まる、と いうだけ。つまり「人生決定統一試験」が18歳から22歳になるだけでしょう? 公務員上級試験は22歳時の「人生決定統一試験」ですよね。で、キャリアが新 潟で何をしました?「人生決定統一試験」をなくさないと、問題解決にはなら ない。
1281 >あまりにも低レベルの大学や大学生が多いのが日本の特徴 howluck 2000年3月16日 22時32分 Ref:LadyElite/1279 程度の低いものをなにによって淘汰するか、である。私の主張は、学問そのも のによって淘汰せよ、ということである。入試の勉強が学問でないとまではい わないが、つまらん。生き生きとした学問そのものを大衆に突きつけ、「おも しろければこの高みまで来い」といってやれ。 ドイツの例もフランスの例も他のトピでずいぶん言及した。消えたエリート養 成のトピも私が主催者だったからね。まあ、それでも他国にならうこともない。 医者も芸術やスポーツ選手と同じで、手作業ができねば仕事にならない部分が ある。職業技術は専門学校で学べばいいと思うが、今の医学教育システムはそ れなりに完成されているようだから、改変が困難なのもよーくわかる。
1282 分けて考えませんか。 inakawaiizo 2000年3月17日 2時25分 Ref:jakstat/1280 人類の限界に挑む科学エリート。 善と悪、個と全体のバランスを調整する政策エリート(エスタブリッシュメント?)。 人間(人類?)の欲望に敏感な「功利」エリート(エスタブリッシュメント?)。 これは別々なものとして考えませんか? また、先頭が先に行きませんと、ついていく集団も困ると思いますが。
1283 >政府が進めている方向(大学間の競争)をもっと徹底的に行え howluck 2000年3月17日 8時40分 Ref:tjst/1277 >という単純な主張と解釈されて使われる可能性はありそうです。 大学間競争は、現状のがんじがらめのヒエラルキーを思えば重要である。が、 ある程度の 棲み分けがなってからの方がよいだろうと思う。 以下引用 大学ごとに、専門の差、レヴェルの差などの違いがあって当然である。原則と して、どの学 校でも同じカリキュラムを教える小中高校と、大学とはこの点 が異なる。 (大学の種類の例) 科学技術先端大学=わが国の最高水準の研究者を育て、世界の科学技術に貢献 するこ とをめざす 「ビジネスマン養成大学」=わが国の主要企業に就職し、日本経済を支える人 材を供給する 「地域密着市民大学」=地域の文化的センターとなり、地域の人材養成や生涯 教育に貢献 する ・・・そうだそうだ。能力のない者が学にふれては、なぜいけないのだ?学ぶ 機会や自覚を 若い当時もっていなかった者たちを、なぜ学は排除するのだ? あらゆる知的階層にオープンであること、それと同時に遠慮なく知的エリート を育てること。 そういう教育体系にしないか。 高効率、平等、画一性・・・入試はこれらの象徴だ。これらを抑制してでも、 独自性、自由、 創造、非画一性を「教育」に求める時期である。
1284 理念論の後にくるもの(横レス・オフトピ、失礼します) p42 2000年3月17日 10時24分 Ref:howluck/1281 >私の主張は、学問そのものによって淘汰せよ、ということである。 >入試の勉強が学問でないとまではいわないが、つまらん・・・  おっしゃる理念については、理念としては反対する理由はありません。  で、大学入学を希望する人を全員大学が受け入れるためには、どうしましょ うか。教室をさらに大きくする?教員スタッフを増員する?  そしてそのための資金は??  私は、だから「反対」といっているわけではない。多少でも、その理念を実 現したいというお気持ちがあるのなら、それを支える社会的な仕組みも考慮す べきと思うんですね。  要するに、何千億、あるいは何兆円かかるかどうかわからないけど、そうし た数字を示した上で、「理念」が実現した際のメリットを呈示し、社会にその プランを評価してもらうということです。ちなみに、独法化についても、そう いう観点がないと「柔軟な発想」でできたせっかくのプランも、社会的には議 論の対象たり得ないのでは??  もちろん、「そういう議論はしないのだ」という考え方もあると思う。歴史 上も「空想的・・・」が、後の時代により具体化し、実践された例もあります からね。
1285 方針決定以後の法的適合性、 howluck 2000年3月17日 12時1分 Ref:p42/1284 そしてそれを実行に移す権力が行政というものである。この部分において、日 本の行政の能力は信頼していいと考えている。むしろ、理念までも行政に依存 してしまうことに日本言論界の愚かさがあるのだ。 これまでのインフラを活用せよということなので、 >何千億、あるいは何兆円かかるかどうかわからないけど などという発想にはならないだろう。問題は意識改革がなるまでの教育界の混 乱かね。 君がなにをどう考えるのか、それを提示せよ。評論などすでに我が心の内にあ り、君の言など不要だ。
1286 今こそ真の対案を > Kumakuuun さん tjst 2000年3月18日 0時16分 Ref:Kumakuuun/1271 決心すれば、howluck 氏の言うように、実現は、色々飛んでもないことを思い つく有能な官僚組織に任せれば何の問題もないと思いますが、こういった理念 的方向転換をするには国民的な議論にならないといけない。しかし、少なくと も発案することは大学には出来る。 最近、「科学・社会・人間」72号に、「大学の民営化は学術研究の将来を危 うくするか?」という論説があり、「国立大学にいる国家公務員でなければ、 基礎科学は維持できない等々」の意見に対し厳しく批判する一方、「最も警戒 すべきことは、政府側の既得権擁護と大学側の既得権擁護とが癒着・合体した 奇妙な体制が実現されることである。」と警告しています。 ぜひ、この機に大学側から、理念レベルの大転換を提案したいものです。大学 幹部がしないならば、一般の教員レベルから、上のような対案を出したいもの です。 ------- 上の論説の紹介: http://fcs.math.sci.hokudai.ac.jp/dgh/00317-kuwabara-goto.html
1287 >「人生決定統一試験」をなくさないと、問題解決にならない tjst 2000年3月18日 0時33分 Ref:jakstat/1280 同感です。 何を勉強したかを具体的に記載した「学業履歴表」を持ち歩き、それが学歴に なる。だた、この表を使って、学士・修士・博士という3段階よりももっと多 様で連続的な段階を認定するシステムも作ることは、本人の励みにも、また、 社会的な便宜を考える上でも必要。 inagawaiizo さんが言われた、最初からエリートの種類を分ける方向は余りよ くない、と思います。途中で変身する人や自分に目覚める人が少なくないので。
1288 意識は変えものではなく変わるもの > howluck さん tjst 2000年3月18日 0時45分 Ref: howluck/1268 「意識改革」を前面に出すことは的外れだと思います。意識は変わるものであっ て、変えようとして変えられるものではない。しかし、はっきりした状況認識 が可能であれば意識は自然に変わります。と言っても、生活を脅かして競争さ せて暴力的に意識を変えようとすれば悪いほうにしか変わらない。 政府は情報操作を止めて国民に日本が危機に瀕していることを知らせれば、国 民の意識は変わり今の停滞などあっという間に乗り越えられる。大学も同じ。 種々の情報や大学幹部同士の色々な議論の内容を取捨選択せずに、われわれ一 般教員や学生や国民に知らせればいい。そうすれば意識は自然に変わるはずで す。  「愚民政策」が、国家レベルでも大学レベルでも、事を悪化させている、と思われます。
1289 賛成します。 inakawaiizo 2000年3月18日 4時24分 Ref:tjst/1288 ガンバレ〜 tjstさん! ご活躍を願っています。 それから、少し反論ですが、必要な情報はほとんど公開されています。 受け取り手の方が、少し気ままに情報の取捨選択をしています。 また、政策エリートは逆に情報不足で悩んでいます。どしどし提案すると良いと思っています。
1290 学内愚民政策では意識は変わらない > howluck さん tjst 2000年3月18日 6時55分 Ref:howluck/1268 意識は変わるものであって、変えようとして変えられるものではない。誰でも 自分が危機に置かれているとわかれば意識は自然に変わる。しかし、生活を脅 かして暴力的に意識を変えようとすれば、メンタルヘルス研究所が指摘した通 り、悪いほうにしか変わらない。そこもhowluck 氏は認識すべきでしょう。 政府は情報操作を止めて国民に日本が危機に瀕していることを知らせれば、国 民の意識は変わり今の停滞などあっという間に乗り越えられる。大学も同じ。 幹部がしているであろう色々な議論の内容や情報を取捨選択せずに、われわれ 一般教員や学生や国民に知らせればいい。そうすれば意識は自然にかわります。 愚民政策が、国家レベルでも大学レベルでも、事を悪化させている。
1291 法人化の内容も変わりそうにないが、日本の教育体制を一気に治療する好機ではある tjst 2000年3月18日 7時0分 Ref:howluck/1268 3月に入ってからの動きの分析として http://www.asahi-net.or.jp:80/‾bh5t-ssk/net/nethefo693.html の見方はたぶん当たらずと言えども遠からず、という所でしょう。 日本人の大半が国立大学の行く末に無関心である以上、独立行政法人化の内容 を大学がコントロールできるというのは非現実的な希望的観測でしょう。 しかし、大学が小中高と連携し「入試廃止、全入、卒業廃止」などを提案し、 日本の教育体制全体を一気に治療する好機ではある。今の内閣が好きな新ミレ ニアムに相応しい提案でしょう。
1292 IT革命の人類史的な意義 > inakawaiizoさん tjst 2000年3月18日 7時46分 Ref:inakawaiizo/1289 すっかり、からかわれてしまいましたね。 こんなところで発言して何か変えられるなどという幻想は持っていませんが、 全く無意味であるとは思っていません。 IT革命が日本経済の行く末にとって重要な因子であるというのは事実かもし れませんがそれは一時的な局所的な捉え方であって、新しい意志疎通形態の発 生というのがIT革命の人類史的な意義です。国境を越えた数億の市民団体は 遠からず誕生するでしょう。そのときは、ROMが数億の掲示板での議論はか なり重要な役割を果たすと予想されます。いわば、その予行演習と思っていま す。mkat71さんとの議論をしつこくやっているのは、そういう意味もあ るのです。
1293 議論の内容は公開されていない > inakawaiizoさん tjst 2000年3月18日 7時48分 Ref:inakawaiizo/1289 「必要な情報はほとんど公開されています」と言われますが、どういう議論を しているか、という情報はほとんど公開されていません。 これは「意志形成過程にかかわる情報」で、情報公開法でも開示の義務はない ことになっていると思いますが、その議論こそ大学教員などの関係者には特に 重要なものでしょう。 大学幹部が何を心配し何を苦労しているか、それを具体的に知れば、一般教員 は単に賛成反対を越えて真剣に考え知恵を出しあうのではないか、と言いたい のです。少数のWGの出す知恵など高が知れています。これが学内愚民政策の 愚かさです。
1294 的外れだと? howluck 2000年3月18日 8時19分 Ref:tjst/1290 directionを指し示す役割、それがリーダーの使命である。私はそういう筋道 を訴えている。市民は愚民とは言わないが、議論の必要性を実感している者が 何人いるか。いわんや、主張を表に出している国立大学人の極少なることよ。 「はっきりした状況認識が可能であれば意識は自然に変わ」る時点で、正当に リードできる言論を打っておく、そういうことだ。「国民の意識は変わり今の 停滞などあっという間に乗り越え」られるにせよ、「理知があれば望ましい方 向に変容する」とまで予定調和的脳天気になれない。 麻生委員会が課長室長クラスの官僚と気脈を通じていないはずがない。政治家 主導ではダメだ。 1295 tjstさん、そのとおりと思います。 kumakuuun 2000年3月18日 21時9分 Ref:tjst/1286 >「国立大学にいる国家公務員でなければ、基礎科学は維持できない等々」の 意見に対し厳しく批判する一方、「最も警戒すべきことは、政府側の既得権擁 護と大学側の既得権擁護とが癒着・合体した奇妙な体制が実現されることであ る。」と警告しています。ぜひ、この機に大学側から、理念レベルの大転換を 提案したいものです。大学幹部がしないならば、一般の教員レベルから、上の ような対案を出したいものです。>東大の学長が小渕さんに嘆願に行ったとか、 現状の大学幹部は大学の既得権を擁護しようとする見苦しいことばかり。大学 の本当の主役は学生のはずなのに、大学幹部は誰もその視点からの大学改革を 提言しようとしない。自分たちの既得権擁護だったら誰にでもできます。知識 人・大学人であるならば、弱者の視点すなわち学生の視点からの大学改革の提 言対案を出していただきたいと思っていました。このトピもその方向の議論が 出てきて、面白く読ませていただいています。激論を期待しています。
1296 蓮見さんが、首相に直訴したのは・・・ LadyElite 2000年3月19日 8時57分 Ref:Kumakuuun/1295 大学の既得権を擁護しようとするだけじゃないと思います。単なる独法化だけ では教育環境や研究環境の劣悪さが改善されないと見たからでしょう。 勿論学生のことも考えておられでしょう。別の場で理工系の業績や学生教育に 関する問題点も指摘しておられたようですし。MITでの東大・理系分野に関 するフォーラム開催もその一つでしょう。 もし既得権ということならご自身の出身であるフランス文学科が独法化でリス ロラされる可能性について憂いておられたことでしょう。独法化されれば、有 力国立大学の工学・医学・農学など科学技術創造立国に関連する理系の実学分 野だけが生き残り、他はリストラ(基礎研究も含めて)されると言われていま すからね。リストラされそうな方たちが必死になるのは在る意味では当然なの では。もっともリストラとは関係ない分野の方たち(有力国立大の工学・医学・ 農学)は冷ややかかもしれませんが。
1297 tjst 2000年3月19日 20時52分 Ref:tjst/1276 社会経済生産性本部社会政策特別委員会ホームページの報告書には記載されていませんが、専門委員長の橋爪 大三郎氏のホームページの草稿 http://www2.valdes.titech.ac.jp/‾hashizm/NOFRAME/ACT/seian.txt には、参考資料2として日本教職員組合中央執行委員長 川上祐司氏の 特別寄稿「共に学び、共に育つ学校」 が掲載されています: http://fcs.math.sci.hokudai.ac.jp/dgh/00318-kawakami.html 川上氏は報告書が基盤としている「学校選択」概念ではなく「学校参画」概念こそ重要である、と論じていま す。 『「選択」すべき価値が十分に形成され、合意されていないなかでは、「選択」は時として差別的に働くか歪 んでいくことを歴史は教えている』という指摘は、大学選択についても妥当することのように思われます。
1298 在米の方の自民議員原案へのコメント(1)第三者評価機関について tjst 2000年3月20日 15時19分 Ref:LadyElite/1296 Weekly Reports No 2 http://fcs.math.sci.hokudai.ac.jp/wr/wr-2-00320.html に、自民党教育改革実施本部高等教育研究グループの「 国立大学法人原案」 についての在米の方からのコ メントあります。一部紹介しよう: >(5)法人化後の国立大学に第三者評価機関による評価を義務付け。大学自ら >活動の実態を積極的に公表。大学運営諮問会議の機能を充実強化する。 公的に一律な「第三者評価機関」というようなものはアメリカにはない。だか らずいぶんひどい大学もある。研究所などは自分で外部諮問機関を作りもする (Advisory boardのようなもの)。研究所の場合は研究費の給付機関が査察を 行う。それには給付機関のofficer(日本語で言えば「お役人」)と専門家が 行く(site visitとかsite reviewといわれ、われわれも駆り出される;好意 的なことを言うとは限らない。研究所をつぶすこともある;ただし、つぶせと いうわけではなく、客観的に内容、人材的にsubstandardであることを示す)。 さらに研究費の審査者や担当の官僚は科学者あるいは科学者上がりであること に注意(現役がしばらく出向することもある)。素人や政治家が関与すること は(健全な状態では)ない。Officerは(大きな)各大学や研究機関で話を聞 いて回っている(site visitではない。研究所側が招待するわけではなく費用 は向こう持ち;接待なし、食事くらい一緒に行くが割り勘)。各分野の officerと少なくともアメリカでbest 10の学科の研究者たちが個人的に互いを 知っていることはめずらしくないし、長年研究費を受けている人々の顔を知っ ておこうとofficerは心がけているように見える(ということはofficer側がく るくる変わらないと言うことでもある)。研究者側はofficerたちと一丸となっ て政治家に対抗するための材料を、あるいはofficerが政治家相手に仕事がし やすいような材料をgrantの申請書に意識的に書くということまでする。 ついでながら、上のことはアメリカには研究の特権階級があるということも意 味している(そんなのはどこでもあたりまえではないか...。そのようなもの があるということは健全な文化のためには必須なことだろう)。無用な競争は しないがいい。厳格な競争で少しだけより良いものを選ぶことより、競争なし で多少まずいものに決まってもシステム全体としては効率がいいことに疑問の 余地はない。(市場経済で失われるものが何かという問題とも関連している。)
1299 在米の方の自民議員原案へのコメント(2)任期制について tjst 2000年3月20日 15時21分 Ref:tjst/1298 >(6)国立大学で教員に対し任期制を導入。優秀と認められた教員に対しては >任期の付かない在職権が付与されるような教員人事にする。   つまり助手から次の昇進にtenure制のようなものを入れると言うことであろう が、これは研究者としての上下の支配関係がないことが前提。つまり、助手は アメリカなどのAssistant Profのように完全に独立研究者でなくてはならない。 講座のようなものがあるときこの制度はなじまない。(アメリカではいつもす んなり公平にいっているかと言えばもちろん同じ人間のやることだからいろい ろ問題は起こりうる)。 Tenureをとる率が、高い大学はあまり良くなく、低い大学は競争的で活発か、 というと、そういうことは通則ではない。Assistant profを6,7年育ててう まくいかないと言うことは人選に失敗し、経済的にも損をするということを意 味するので得策ではない。良い大学ではAssist Prof採用の基準が厳しくなる ことを意味する。それは手放しでいいことか?現今のようにno grant no tenureという大学が増えると、流行らない分野の採用は差し控えることにもな り、「金」が「文化」を左右するてこにもなる。大学というか学科ごとの見識 と意志が重要になり、新規採用人事の決定をきわめて難しくする。
1300 在米の方の自民議員原案へのコメント(3)大学の改廃審査 tjst 2000年3月20日 15時23分 Ref:tjst/1299 >総務省審議会による5年毎の改廃審査については、特に変更がない アメリカでは大学全体がそのような審査にさらされることはない。学部がそう されることは内部事情であり得る。しかし、きわめてまれ。研究所は、grant で運営されているものは、3年ごとなどの研究費審査で事実上つぶされるとい うのは珍しくない。しかし、大学の研究所では研究所固有の研究者はいないこ とが多いので、研究所がつぶれても元の所属に戻るだけで、個々人の研究費は 減るかもしれないが、それだけ。 >「任期制の導入」が明示的に述べられている点は、むしろ後退しているとさ > え言える。 「任期制の導入」に反対することは時代の趨勢として不可能だろう。アメリカ でさえtenure制がなくなる方向に動きつつある(ただし上にも述べたエリート グループはこれを保とうとしていて、これでよい研究者を引きつけ研究の質に さらなる差が付く可能性が大きい。) 以上、アメリカがいいと言っているのでは決してない。中庸が肝心。日本はア メリカに習えというときはどうもいつも過剰反応的に超アメリカになるという のが大いに気になる(大学院大学などもそのような例だった)。 1301 在米の方の自民議員原案へのコメント(4終)全般についてのコメント tjst 2000年3月20日 15時26分 Ref:tjst/1300 正直言うと、「改革」に関して私はambivalentである。何十年と、そして今で も定常研究費(少ないとか言っても100万円はあるのでは。アメリカの予算 規模はこれより一桁は多いが、院生の給料その他がほとんど(一人400万は かかる))があるといううらやむべき環境を、任期なし審査なしで温存しよう と言うのは、多くの人々の「程度」を考えると、理にかなったことにはあまり 聞こえない。 だが、そのような「多くの人」を問題視することから、一握りの優秀かつ独創 的な研究者たちの環境が悪化するというのは、文化が一握りで決まる以上、好 ましくない。研究費などは99%無駄になると醒めた意識でこの浪費を維持する ことが真の文化の育成のためだともいえる。アメリカの科学が優秀だったのは 予算規模が大きく、その端金で変わった人間を、研究所の隅でかもしれないが、 まともに生きることを許したことによる所が無視できない。 ---------------------------------- 以上 Weekly Reprots No2. http://fcs.math.sci.hokudai.ac.jp/wr/wr-2-00320.html より転載
1302 日教組の川上さんの意見は・・・ LadyElite 2000年3月20日 19時1分 Ref:t25346/1 平凡な才能の国民が平凡に生きるための考え方でしょう。特別な才能のある国 民は限定されていますから、大多数の国民が大過無く一生をすごすためには必 要なことなんでしょうね。しかしわが国は科学技術創造立国をめざします。自 民党・高等教育チーム「国立大学法人」案は是非はともかく科学技術立国のた めの国立大学改革案として、従来の独法化に問題点があるとして浮上してきた ものです。 科学技術立国をリードするための高度専門家の養成は、平凡な国民を養成する 教育ではありません。才能と意欲のある優秀な人材に特別な教育を施し、高度 の知識と技術を持つ理科系の専門家を育てるものです。高度な専門家養成教育 と一般市民が平々凡々に生きるための教育は異なるものですし、別々の方法が あってしかるべきです。
1303 もう少し視野を広げてください > LadyEliteさん tjst 2000年3月21日 9時6分 Ref:LadyElite/1302 「大多数の国民が大過無く一生をすごす」ことが各人の努力で可能となるため には、日本の指導者達が本当のエリート、noblesse oblige を最優先するエリー トであることが必要です。ところが、この条件がいつしか崩壊してしまった。 これが今の日本が罹っている病の根源なのだと言うことができないでしょうか。 科学技術立国をリードするための高度専門家の養成は大学の重要な使命ですが、 それだけが、大学の使命ではない。本当の指導者を育てなければならない。< 科学技術立国のための国立大学改革案>では、困るのです。逆に、そういう視 点でしか大学を考えられないことが、今の日本を指導している人々(政治家に 限りませんが)の精神的弱視性を証明している、とも言えます。 本当のエリートが育つ余地が無くなる方向に向けての制度変更が、教育制度の あらゆる段階で進行している。「共生」という価値観の抹消へと進行している。 共生という価値に無感覚なエリートは、既得権を死守する存在に最後は変貌し ます。それは、病状を更に悪化させる方向でしかない。 それを警告しているのが川上氏の論説である、と私は感じました。
1304 tjstさん、なぜ困るんですか? LadyElite 2000年3月21日 18時18分 Ref:tjst/1303 >科学技術立国のための国立大学改革案>では、困るのです。逆に、そうい う視点でしか大学を考えられないことが、今の日本を指導している人々(政治 家に限りませんが)の精神的弱視性を証明している、とも言えます。 この国が科学技術分野でとして世界に伍していけるように、世界で通用する高度専門家を養成する ための法人化なら結構なことです。例えば工学部。(ararataku00さんのほうがお詳し いでしょうが)日本には技術士資格国家試験というエンジニアを対象とした資格試験があります。 欧米諸国と比し、日本ではこの資格を持っているエンジニアが少ない。そのために科学技術競争に 遅れを取ることが懸念され、有資格者を増やして世界に通用するエンジニアを養成しようとする動 きがあります。工学教育協会も後押ししています。国立大学工学部もこの動きに連動して工学部の 専門教育プログラムの改革を検討しています。 むしろ高度専門家養成こそ国の経済の原動力としての、科学技術力を高めるためには必要でしょ う。
1305 tjstさん、デカルトを思い出しました。 inakawaiizo 2000年3月22日 4時38分 Ref:tjst/1293 「情報は常に不足する」と、「人は信じたい情報しか信じない」は自明のことと思っていました。 それから、社会経済生産性本部の資料読みました。私は今の教育問題の多くは、教育思想、教育哲 学の不在による、と思っていますので、もう少し「教育の哲学」を論じてほしかった。 話は飛びますが、今の日本に一番必要なのは「思想」と思います。「功利優先」も思想ですが、他 国の人には言いにくいですね。 「科学立国」も思想ですが、「科学と人間との関係」また「科学とはなにか」を説明している政府 の資料はありませんか? 一度見た気がしているのですが、手元にありません。 それから、それから、最近mkat71さんとarataku00さんが来ませんね。 雑感で良いですから、是非お二人にこのトピの最近の状況についてコメントが頂けると嬉しいと思 います。
1306 問題点を見損じているのですよ > LadyEliteさん tjst 2000年3月22日 7時52分 Ref:LadyElite/1304 日本は「資格を持っているエンジニアが少ない。そのために科学技術競争に遅 れを取 っている」のですか?今後それが懸念される、というのですか? 日本のエンジニアは「世界に通用する」どころか「世界の鑑」たる存在ではな いのですか。また基礎科学の応用の才でも世界に並ぶ者は居ない。基礎科学研 究と同じ位重要で独自の精神的基質を要求するのが応用研究でしょう。しかし、 そういう研究は、わずかなコストで儲けが多いことで国際的非難を浴び、日本 も基礎研究に国がお金を注げ、という国際的(?)圧力が背景がある。 しかし、今回の話しは、そういう方向ですらない。もっと今までの方向で儲け ろとも聞こえる。それでは、国際的に更に孤立してしまうのではないか。 蓮見さんが言われているように、国立大学は科学技術立国という側面に関して は劣悪な施設は別として、人的にはうまく機能している、というべきでしょう。 むしろ、問題は、本当に日本の国民が安心して国政を委ねることができる日本 の指導者が育っていない、という点にある。Inagawaiizo さんが書かれたよう に、日本には思想が乏しい。生きた理念、というものが国立大学からうねりの ように生じて来る、ということがない。そういう知的公共性に欠けることが、 国民からの税金で知的活動を行っている国立大学の一番の問題点なのではない か。 こういう意味で<科学技術立国のための国立大学改革案>は国立大学について、 問題ではないところを問題にし、問題であるところを問題にしていない、とい うので困る、と言ったのです。
1307 お呼び出しを受けましたので >inakawaiizoさん arataku00 2000年3月23日 2時50分 Ref:inakawaiizo/1305 無理して、出てみます。ROMを続けていたかったんですが・・。mkatさんは、準備にお忙しいんで しょうね。いろいろ感想はあるんですが、話題が錯綜して整理がたいへんです。そこに、私自身も 悩んでいるむつかしい問題が混じっています。まず、お答えしやすいところから。 >「科学立国」も思想ですが、「科学と人間との関係」また「科学とはなにか」を説明している政 府の資料はありませんか?一度見た気がしているのですが、手元にありません  政府にはないはずですが・・。東工大トピに何度か書いたんですが、「科学の思想」を身に付け た指導者はトップにおらず、欲しいのは「打ち出の小槌」、「どらえもんのポケット」としての科 学技術だけ。成果にしか関心はありません。何しろ和魂(何でしょう?)洋才(科学技術)の国ですか ら。私には、欲魂洋才とか汚魂洋才にしか見えませんが・・。
1308 続きなんですが>LEさん>Msg1304 arataku00 2000年3月23日 2時52分 Ref:LadyElite/1304  LadyEliteさん、略称させて頂きます。 >欧米諸国と比し、日本ではこの資格を持っているエンジニアが少ない。そのために科学技術競争 に遅れを取ることが懸念され、有資格者を増やして世界に通用するエンジニアを養成しようとする 動きがあります  技術士を増やす動きは事実ですが、動機は伝統的な産業におけるホワイトカラー・リストラで す。事務系総合職だけでなく、エンジニアもリストラの対象になるわけですが、意外と転職できま せん。企業の固有の技術の中で生きていると、同じ仕事なんて滅多にありませんから、他の場所で 通用しなくなるんです。エンジニアには、どこでも通用する医師資格のようなものもない。そこ で、エンジニアも資格付けして、流動できるようにしようというわけです。建築士をイメージなさ ると良いでしょう。  今、企業の成長に貢献したエンジニアの処遇に、多くの企業が頭を抱えています。専門家だけに もったいないのですが、活用策は簡単ではない。技術士が答えになるか疑問です。
1309 そんなわけで>tjstさん>Msg1303、 arataku00 2000年3月23日 2時54分 Ref:tjst/1306 >日本のエンジニアは「世界に通用する」どころか「世界の鑑」たる存在  競争に後れを取るのが心配なわけではないということや、正確には企業にとっての鑑という意味 で、ご指摘は正しいといえます。が、皮肉なことに、それで世界に通用するわけでもありません。 また、貴重な人的資源を活用できないため、後れに繋がる可能性も小さくありません。 > <科学技術立国のための国立大学改革案>では、困るのです  「では」を「だけでは」として頂きたかった。私は、tjstさんのおっしゃりたいことを理解してい るつもりですが、同時に、科学技術創造立国という理念を活かすことも大事だと思っています。た だ、口にしている人々が、科学技術思想を持たず、それを洋才としか見ていないことに不安と不満 を抱いています。  彼らは、科学技術を便利な成果を出し、欲望を満たすための道具としか見ていない。科学技術者 を使い捨ての道具としか見ていないのではないか・・。
1310 ちょっと雑談を>皆さん arataku00 2000年3月23日 2時56分 Ref:arataku00/1309 させて下さい。  昨日、企業で行き場所を失った化学屋さんの再活用を課題にしている財団の専務さんと会ってい ました。その財団にいる方々は、○大、○工大、京△、阪△卒の一流企業の研究者で占められてい ます。多くは、この国が世界に伍していくために役立ちたいと、今でも願っている優秀な方々で す。そういう場所を見ていると、私は(tjstさんも)年が近いこともあって息を呑んでしまいます。  日本の化学産業が、部分は別として全体として見たとき、欧米に後れを取っているのは疑いない 事実ですが、この人達をどう活用してきたのか・・。私は、科学技術創造立国のための改革は大学 にだけ求めたり、大学に留めるべきものではなく、むしろ企業社会にこそ改革が必要だと考えてい ます。  科学技術思想を待たないまま、大学に創造立国の号令を掛けるだけの人々には、指導者の地位を 退いて頂きたいと思っています。それでも、大学が法人格を持つのは良い。創造には、自由な経営 が必要だからです。
1311 さて、そこで>tjstさん arataku00 2000年3月23日 2時57分 Ref:arataku00/1310 >指導者が育っていない >日本には思想が乏しい。生きた理念、というものが国立大学からうねりのように生じて来る、と いうことがない >そういう知的公共性に欠けることが、国民からの税金で知的活動を行っている国立大学の一番の 問題点なのではないか  その通りだと思います。だから国立であれば公共性が担保される訳でもないですね。でも、この 問題と科学技術創造立国のための大学改革とは対立しないんじゃありませんか?  ここで、いつも私が疑問に思っていることを雑談風に・・。このトピの参加者は知的公共性の高 い方が多いと思います。tjstさん、LEさん、mkatさん、alfujitaさん、数え上げれば皆さんそうじゃな いですか。手前味噌ですが私もその一人だと思っています。  でも俺ってどうしてそうなんだろう、という疑問があるんです。大学に進んだとき、国家有用の 人材たらんと思いました。そのための国立だ、と。
1312 しかし>続きです>tjstさん arataku00 2000年3月23日 2時59分 Ref:arataku00/1311 私立大学にもそういう意識の持ち手はいます。国立にも、そうでない人は少なくない。  私の話で恐縮ですが、政府の仕事を手伝っていたときはもちろん、民間企業に勤めていても、母 校で講師をやっているときも、シンクタンクにいても、公の意識は抜けませんでした。学生運動 も、今ボランティアでやってる政治へのコミットメントも動機は共通しています。  役所に出向したとき、上司に、何で役人にならなかったんだ、と尋ねられ、役所=公というその 認識に違和感を覚えたものです。民間企業だって、経営方式として効率がいいからそうしているだ けで、公的存在であることに変わりはないと思っていますので・・。  その役所に勤めていたときの経験ですが、理系の人の方が、どうもそういう公の意識が強いんで すね。恐らく、理系の人は絶えず世界と普遍性を意識しているからではないかと思うんです。今 も、インターネットに苦虫を潰す事務官は少なくない。科学技術創造立国が、嘘から出た誠になる のを期待する所以です。
1313 視野を広げて頂いたことを感謝します>arataku00 さん tjst 2000年3月23日 8時55分 Ref:arataku00/1312 部分的ですが、2つ御聞きしたいことがあります。 > 科学技術者を使い捨ての道具としか見ていないのではないか・・。 > 科学技術思想を待たないまま、大学に創造立国の号令を掛けるだけの人々には、 > 指導者の地位を退いて頂きたいと思っています。 同感です。 > 科学技術創造立国という理念を活かすことも大事だと思っています。 > それでも、大学が法人格を持つのは良い。創造には、自由な経営が必要だからです。 これも同感なのです。しかし、最も問題になることは、大学に法人格を持たせ ようとしている人達は、日本が「欲魂洋才とか汚魂洋才」の国になりつつある こと(あるいはそうであったこと)に気付いていない人達だ、ということです。 arataku00 さんのような動機など微塵もないと思います。 arataku00 さんは世間を広く知っておられるので御聞きしたい。今実現しそう な方向(行革本部が認めそうなもの、たとえば、自民党の麻生グループの今朝 の新聞にあった最終案のような、名前だけ国立大学法人で実は独立行政法人通 則法+特別措置)で大学が法人化したとき、科学技術思想に沿って経営する自 由を大学が持つことが出来る、という心証があるのでしょうか。それとも、科 学技術思想に沿って経営する自由を持つ法人化が実現することが可能だと思っ ておられるのでしょうか。 日本人の大半はこの問題に何の関心もない、という私の現状認識はarataku00 さんは同意されるでしょうか。もしもそうであるとすると、指導者は大学の 法人化については自ら信ずることを安心して勝手にできる権限を持っている。 とすれば、彼らが理解していない科学技術思想に沿った経営ができる自由が実 現するというのは、幻想ではないでしょうか。 今大学側で、政治的流れに実際に影響を与えることができる<権限>を持って いるのは東大の「国立大学法人制度研究会」だけでしょう。その使命の重大さ とnoblesse oblige を自覚し、日本の未来の大学全体を念頭において<「三権 に比肩する自治体」としての「国から独立した法人格」の取得の道>と彼らが 言っている道を提言してくれることを信じています。 それであればarataku00 さんのいう、科学技術思想のための経営の自由を大学 が手にすることになると思います。
1314 もう一つ:エンジニアのリストラについての質問 > arataku00 さん tjst 2000年3月23日 9時0分 Ref:tjst/1313 エンジニアのリストラ解雇の要因は、 (1)企業内のある部門が採算がとれなくなり廃止する (2)国際会計基準により企業の短期収益という物差しが最優先されることに なったため、廃止部門のエンジニアが新部門に必要な技能を社内で勉強させる ようなことは短期的収益を下げるために、できなくなった。 の2点だと思うのですが、(1)が急増を始めたことが問題なのでしょうか、 それとも以前と(1)の件数は変わらないが、(2)のが効いてエンジニアの リストラ解雇が急増している、ということなのでしょうか。 もしも(2)が主因であるとすると、エンジニアも資格付けして流動できるよ うになっても、再教育のコストは自分で、ということになりますね。 こういう「情け無用」のやりかたというのは、エンジニアの情熱を殺いで質的 能率を殺いでしまわないのでしょうか。日本の企業が強かったのは、やはり、 <後顧の憂いなく>構成員が己が業務に全身で打ち込めるという安定した場を 用意できていたからではないのでしょうか。外から見たことで、見当外れのこ とかも知れませんが。
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