通信ログ |非公務員型が急決した昨年2月の記録 (1) (2)
Date: Sun, 06 Jul 2003 15:28:22 +0900
国公私立大学通信 2003.7.6 号外2 非公務員型が急決した昨年2月の記録(2)

続きです。長文ですみません。

非公務員化は、調査検討会議での結論だから、大学関係
者の意見が反映されている、という答弁が繰りかえされ
ていますが、これは明白に虚言である、ことが、以下の
資料からわかります。

また、事務局(文部科学省)の発言[60]に「国大協など
も活用しながら、どういう形でPRし、あるいは理解を
深めてもらうかということについては工夫させていただ
きたいと思う」とあります。これは、国大協と文部科学
省の関係を見事に暴露しています。

なお、以下の記録から、学長層がどのような意識を持っ
ているかが顕著にわかります。教育研究の現場からの視
線が、出席者の発言に感じられないこと(「経営者会議」
ですから当然ですが)に、国立大学法人法案へ到る4年
間の非民主的手続きの弱点が露骨に出ています。

また、教育公務員特例法の精神は就業規則に書けばよい
[30][42][44][45][55]というような議論があり、最終報
告でもそのように記載されています。しかし、使用者
(学長)は「就業規則」作成において、過半数の労働者
(教職員)の意見を聞く義務はありますが、意見を就業
規則に反映させる法的義務はないことはどの程度知られ
ているのでしょうか。

以下、いくつか気づいたことをコメントします。

(1)2002/2/7 では未定であった「非公務員型」が、
2002/2/20では最初の発言[39a][39b]から既定として語
られています。最も重要な議論が、記録に残る委員会で
はなく非公式に行われたことを証明する記録です。

この事例は、有識者による国立大学評価委員会の議事を
公開したとしても、評価における官僚主導への歯止めに
なはらないことを証明しています。

(2)教育公務員特例法は法人化後は不要だという文科
省の論理[30]は、国大協の要請(教育公務員特例法に相
当する条文を法案に盛りこむという要請)を退ける理由
としては弱いことは、教育公務員特例法に相当する規則
のない私立学校において紛争が少くないことからわかり
ます。

(3)国立大学協会の公式の意見が無視されたことへの
抗議発言[29]が記録されています。法案に大学側の意見
の大半が無視されたことの記録と言えます。

(4)大学経営者の視点で、非公務員化のメリット・デ
メリットを論じる発言([39b][42]など)がほとんどで
す。経営者として反対が大きくなることを心配している
くらいで、教員の安定した身分保証が学問の健全な発展
に不可欠である、という国際的な常識を踏まえた本質的
議論が記録されていないのが顕著です。

(5)非公務員型を主張する委員の発言が粗雑なものが
多いことも顕著です。

「公務員型であれば要するにぬくぬくとやっていけると
いうような意識を、この際やはり外していくべきである
と思う。」[41]

また、[34]では、ファシズムなどない時代に教育公務員
特例法など要らないという趣旨の発言がありますが、ファ
シズムは短期間に成立するという歴史の教訓を度外視し
た「見識者の非見識」の例となっています。

こういった発言が批判もされないような会議の報告は、
大学社会、国会、そして国民を納得させる説得力はあり
ません。そのことは、すでに、昨年3月以降多くの批判
が指摘しています。



辻下 徹


参考ページ

2002年1月に起きた経済産業界からの非公務員化の
「大合唱」の記録:
http://ac-net.org/dgh/02/131-hi-kmn.html

教育公務員特例法についての意見:
http://ac-net.org/dgh/doc/tkk-report-jinji.html



--目次---------------------------------------------
■1) 2001.11.16 国立大学協会総会
■2) 2002.01.25  調査検討会議連絡調整委員会(第5回)
■3) 2002.02.04  国大協から文部科学省への要請 
(以上別便)
■4) 2002.02.07  調査検討会議連絡調整委員会(第6回)
■5) 2002.02.21  調査検討会議連絡調整委員会(第7回)
☆新教育の森 大学大変 1  突然の国立「非公務員化」/文部省の背信に無力感
■6) 毎日新聞2002/06/17 突然の国立「非公務員化」/文部省の背信に無力感
http://www.ne.jp/asahi/tousyoku/hp/nethe4120.htm
--------------------------------------------------

■4)--2002.2.7 「連絡調整委員会(第6回)」-----------

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/koutou/006/gijiroku/005/020301.htm
国立大学等の独立行政法人化に関する調査検討会議
    	    	   
出席者 	   

(委 員) 長尾 真(主査)、中嶋嶺雄、阿部博之、阿
部充夫(副主査)、渡邉正太郎、松尾 稔、小出忠孝、

堀田凱樹、梶井 功、河野俊二、田中健藏、鈴木章夫、
石 弘光の各委員

(関係者)荻上紘一、奥島孝康

(文部科学省) 工藤智規高等教育局長、清水 潔高等局
審議官、坂田東一振興局審議官、樋口修資人事課長、森
口泰孝会計課長、板東久美子高等教育企画課長、合田隆
史大学課長、吉川 晃学術機関課長、杉野 剛大学改革推
進室長、 他


(○印は委員及び関係者の発言、◇は事務局の発言)

[25]○ 国大協としては、前回の会議で誤解があったた
め、補足説明を作成した。国大協は当事者の一番重要な
機関ではあるが、国大協の意見がすべて認められるとも
思っていないため、他のいろいろな方の意見を聞いて、
その中で議論すべきものであると思っている。現に、前
回、運営組織のところは、国大協の意見は無視され、重
要事項は議決を経ることとなり、全く同じケースである
と思っている。
  	  	 
[26]○ 必ずしも無視したとは私は思っていない。
  	  	 
[27]○ 国大協の意見として、きちんと「議決は好まし
くない」と記載してあるが、議決を経るという案になり、
この場合と全く同じケースである。
  	  	 
[28]○ 今の議論の段階では、そういうことである、と
いうことである。
  	  	 
[29]○ 国大協の意見が、すべて何でも認められるとは
思っていないが、我々としては、これは機関決定したも
のであり、無視されるということは非常に問題であると
いうことは、公の立場から言えると思う。
  	  	 
[30]◇ 前からのご懸念であるが、なぜ教特法が設けら
れたかという経緯については、ご存知のように戦前、教
員の人事関係については確たる規定がなく、そういう中
でいくつかの事件、紛争があり、学問の自由を守るため
に教員の人事というものはアカデミアンの自主性に任せ
ようということで、そのプロセスを規定するために作ら
れたのが教特法である。特例法とあるように、国家公務
員法、地方公務員法の特例という形での法律であり、今
回、こういう人事形態になれば、文部科学大臣の任命権
が及ばない教員の部分の人事について、法律でそのプロ
セスを規定することは、学長なり学内の自主性を侵害す
るというか、いかがなものかということである。国立に
限らず私立でも伝統ある大学は、それなりの教員人事に
ついてのルール、良識をもって行っているわけである。
もう一つ、法律上の担保としては、運営協議会、評議会
というものが置かれ、学内の評議会が何をするところか
という任務規定のなかで、人事に関すること、人事の基
本方針に関することのような任務は規定されることにな
ると思うので、そこで教員人事のルールをどうするかと
いうことは、学長が勝手なことを行うということではな
く、十分学内のアカデミアンの意向を聞きながら、就業
規則というか法人内の勤務条件の規定の中で反映される
ということで、実質、適切なルールが確立されていくと
思う。この教特法が適用されないからといって、不安で
あるというのは杞憂ではないかという気がしている。
  	  	 
[31]○ 新しい法律を作る時は、杞憂であっても十分議
論したほうが良いと思う。
  	  	 
[32]○ 私の見方からすれば、参考の「任命関係の比較
図」というのは、むしろ下のほうが大学の自治を獲得し
ているのではないかと思う。したがって、すべて国が人
事の任命権を持つというよりは、大学の自主的な任命と
いうものは、下のほうがはるかに良いし、拡大的図では
ないかということは、我々民間から見ると当たり前であ
る。ただ問題は、学長の権限が非常に大きくなってくる
わけであり、それをガバナンスするために役員会の在り
方や外部の人たちがどういうふうに良い意味でうまく監
視しながらアドバイスをしていくかということであり、
こういったこととの一体なのではないのかと思う。例え
ば、部局長から教員まで全て任命されたのでは、特色あ
る大学の確立、運営というものはとてもできないという
ことが当たり前なのではないかと思う。したがって、今、
御発言のあった法律で何かをつくって身分を保障してく
れということは、どういうことをいわんとされているの
か。つまり、非公務員化というものを前提としながら、
どういう法律をつくって保障してもらいたいというのか
具体的にわからないわけである。私はむしろ、大学を運
営する立場としては、この下の考え方のほうがはるかに
大学自治ということを確立できる道なのではないかと、
このように拝見している。
  	  	 
[33]○ この問題は大事なことであるが、教職員全般の
問題についてもいろいろ限られた時間の中で議論しなけ
ればならないと思っている。教員の任命について、学長
個人が行うということではなく、やはり学内のいろいろ
な審議に基づいて当然学長が行うべきであり、その辺の
ところをどういうふうに表現するかということは、工夫
する余地があるのではないか。
  	  	 
[34]○ 議論が非常に重要な局面にきていると思うが、
ただ今の御発言を含めて、もう少し本音で語る必要があ
ると思う。今までの教特法があり、文部科学大臣が任命
権を持っているわけだが、実際の個々の教員の任命権と
いうものは、形の上で持っているだけにすぎず、実際に
はご承知のように学部、教授会に選考委員会がある。つ
まり学部自治だったわけである。企業のようにトップが
それぞれの人の任命権を持っていたわけではない。つま
り、本音のところは別にあって、形の上ではいかにも文
部科学大臣が任命権を持っているようにしていたところ
に実は問題があるわけである。そこで、学部自治とか大
学の自主・自律性ということがいわれてきたわけだが、
もしも各大学が本当に人事においてもすばらしい人事を
やっていれば、日本の国立大学がこんなにかすんでいる
はずがないわけであり、世界のトップの大学と伍して、
当然それだけの知的基盤の伝統があるわけだが、それが
なくなってきている。そして、何らの競争原理が入らな
い。建前だけはこういう形で法律で保護されていて、ま
さにファシズムの時代かのように教特法というものが隠
れ蓑になって大学を聖域化していた。そして、ひとたび
国立大学の教官になれば、全くの競争原理にさらされず
に一生身分が保障されていたわけである。こういうこと
は世界の大学にはあり得ないわけである。したがって、
本当は国立大学がもっときちんとした人事をやっている
だろうという、その前提自身あるいは国立大学の自主・
自律性ということ自体が問われているのだと私個人とし
てはずっと思っている。したがって、非公務員型にして
みると霧が晴れたみたいに非常に多くの問題が開かれた
ような気がし、実はこんなに国立大学というものは問題
があったのだということを逆に非公務員型にした時に非
常に明確に、しかもかなり透明感をもって国民にも訴え
られるようなアイデアがでてきたと思い、そういう意味
では、むしろたいへん結構であると思っている。
  	  	 
[35]○ 学長が任命する内容について、法律の中で決め
ることは不適当であるということは、ある意味で正しい
と思う。法律で決めることは、学長というものの性格を
決める、ということなのではないかと思う。この国立大
学法人法というものが何故特別につくられなくてはなら
ないかということを考えた時に、独立行政法人通則法の
中で教育研究にふさわしくない、不適当な部分を改めて、
その部分を改善したものを国立大学法人法として制定し
ようというのが本来の主旨であり、そういうものの中に、
理事長に相当する学長の機能というものについてもある
種の規定を設けるということは、なんらの不自然な事で
はないように私には思われる。実際、私も教員の任命等
については、従来のやり方が適用されるような形を学長
の機能としてきちんと定めるということが適当なのでは
ないかと思う。点線から上の問題として法律化しうる思
う。
  	  	 
[36]○ 教員の人事について、私は国立大学でも私立大
学でも、現在は学部自治の中に入っていると思う。各学
部で選考委員会をつくり、推薦し、学部の教授会その他
で決めている。国立大学の場合には、学長を介して文部
科学省に上申し、文部科学大臣の任命になっていると思
う。私立大学の場合も同じであり、やはり理事会の了解
を得ているわけである。内部的には国立も私立もあまり
変わっていないと思うが、今度法人化されるならば、学
長にそういう権限を与えることがひとつの方法ではない
かと思うし、そういう意味で大学全体がまとまっていく
ということが大事ではないかと思う。したがって、私は
下の絵のほうが良いと思う。
  	  	 
(中略)

[37]○ 教職員の身分については、最終的な結論を出す
までにはまだ慎重な議論が必要であると思うので、次回
には最終報告に関する案を出していただくことにしたい
と思うが、そこでまた改めて引き続き検討していただき
たいと思う。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

#(この後、会議外で議論が進行したと推測され、次の
2/20 では、非公務員化が前提となって話が進んでいる。)

■5)2002.2.21 「連絡調整委員会(第7回)」議事要旨
http://ac-net.org/dgh/02/221-tkk.html



国立大学等の独立行政法人化に関する調査検討会議


出席者 	   

(委 員) 長尾 真(主査)、中嶋嶺雄、阿部博之、
阿部充夫(副主査)、渡邉正太郎、松尾 稔、小出忠孝、
堀田凱樹、梶井 功、河野俊二、田中健藏、鈴木章夫、
石 弘光、本間正明の各委員
(関係者) 	荻上紘一、奥島孝康

(文部科学省) 工藤智規高等教育局長、清水 潔高等
局審議官、坂田東一振興局審議官、樋口修資人事課長、
森口泰孝会計課長、合田隆史大学課長、吉川 晃学術機
関課長、杉野 剛大学改革推進室長、 他


(4) 	次に教職員の身分について以下のような意見交換が行われた。
  	 
[39a]○ 私は教官については非公務員型で構わないと思
うが、一般職員について直ちに非公務員型にするという
ことについては、今まで何度も申し上げたが、士気の問
題や人事交流の難しさなどがあり、これは非常に大きな
問題で、大学の現場にいると、このことだけで大学がひっ
くり返ってしまうのではないかと思う。つまり法人化と
いう問題に関しては、2年ほどの時間をかけて十分浸透
してきて、みんなで協力していこうというやり方が出て
きているわけである。しかし有馬文部大臣が平成11年
9月20日に述べられたように、身分についてはもとも
と公務員型であるとみんな思っているわけである。人事
交流については非常に大事なことである。先日、事務局
から説明があったとき、人事交流は必要な場合ではなく、
人事交流は必ず必要であるという前提に立って人事交流
が出来るような機関を是非とも本気で考えていただきた
いと思った。しかし、それははっきりしていないので、
どこで誰がやるのかということ等、非常に危惧をしてい
る。例えば一方では優秀な職員の囲い込みも出てくるで
あろうし非常に難しい問題がある。これは現場にいて非
常に強く感じることである。
  	 
[39b]○ 最初に大学の現場にいる我々の懸念をお話した
方が議論がし易くなると思うので申し上げるが、この報
告書が3月末に出た後、各大学ではこのことについての
説明会を行わざるを得ないと思う。おそらく学長が説明
の矢面に立って組合を含めた数多くの教職員に説明する
ことになるわけであるが、最大のポイントはやはり非公
務員型、公務員型の1点に尽きると思う。そこで、私は
ここでの議論を踏まえて、非公務員型にするということ
についてはそのとおりでよいと思うが、ただ我々はこれ
まであまりにも教官サイドの議論に重点を置きすぎたと
反省している。大学の職員はやはり公務員になるから職
員になったという人が圧倒的に多い。特に地方はそうで
あると思う。国大協で地方の国立大学の先生方を交えて
ある会議をしたが、その点をかなりおっしゃっていた。
私にも組合から、公務員型になるように努力しろという
要望書が来たが、そういう要望書は各大学で今後どんど
ん学長に来ると思う。職員の方はこれまで我関せずとい
う形で法人化をサポートしてきたと思う。しかしこれが
わが身の身分に及ぶとなったら、元から問題意識を持っ
て問題提起している方は良いが、ノンポリ、ノンラジカ
ルな人がラジカルになった時は私は怖いと思う。何事も
起こらなければ良いが、起こるとすればこれは全国的な
規模で各大学の決議を求め、かつ国大協あたりまでくる
かも知れないが、これはかなり大きな動きになりかねな
い。そうすると公務員型だから法人化はよいと言ってい
た層が、法人化を認める条件として公務員型にしろ、非
公務員型の段階で法人化は認められないといったような
話に触れる可能性が非常にあり、私の現場の感覚からい
えば、この危機感は持っていたほうがよいと思う。そこ
で、この対応策としては2つの方法があると思う。1つ
は非公務員型は教官、公務員型は職員とうまく分けられ
るような制度設計が出来れば良いが、たぶん法律上難し
いという答えがくる。ただ、これは法律論としては難し
いかもしれないが、政策論としてはありうるのだと思う。
第2は少なくとも公務員と言う形で入った方の既得権益、
あるいは期待権、これはやはり私は踏みにじれない要素
が多々あると思う。これは公開の場で学長と組合の委員
長がやりあったら学長は負ける。どのように説明してよ
いかわからない。まして国が設置者であるとしている手
前、制度的な点からいろいろなことを言われた時にディ
フェンスしにくいのである。したがって、非公務員型で
よいと思うが、過渡的なことでもよいので職員の方に対
してどういう待遇をするかということを議論しておかな
ければ、法人化そのものが吹き飛ぶ可能性があるかも知
れない。脅かすわけではないが、私は現場を見ていて、
その可能性はかなりあると思っている。現に私は北海道
や九州のある関係者から、非公務員型だったらたまりま
せんという電話を随分もらった。このことについては、
事務局にも十分に分かっていただきたい。
  	 
[40]○ 非公務員型の方がよいという理由の1つは、色々
なことが自由になるということである。今の公務員制度
の桎梏から解き放たれるということが重要なポイントで
あると思うが、そもそも法人化というもの自体がある種
の自律性、自主性を確保するものであり、法人化した中
での公務員型というものは従来の公務員とは違う設計と
いうこともあり得るわけであると思う。そしてすでに独
立行政法人になっている機関の公務員型がどう運営され
ているかということは詳細に調べないと分からないが、
今までの公務員制度とは色々と違う側面というものを作っ
ていくことができるのではないかと思う。そのようなこ
とを考えると先程からお話があったように、大学等の事
情を考慮すると公務員型、非公務員型を、前回資料の比
較表に沿ってもう一度十分に考えて非公務員型の方が有
利であるという側面を、また公務員型であっても法人の
下での公務員ではそういうことを可能にすることができ
ないのかということを検討する必要があるのではないだ
ろうかと思う。私は、少しその検討が足りないまま非公
務員型の方に話が行き過ぎている感じがしている。
  	 
[41]○ 今ご意見が出ているように、既得権益というよ
うなものがあるので、そういう意味で身分保障の面で特
別な配慮をすることは必要と思うが、公務員のままとい
うことであるならば、国立大学法人にして独自の工夫で
国から離れてやっていこうという改革の精神みたいなも
のとしては、果たしていかがなものだろうかと私は思う。
そういうことで法人化して一体どういう意味があるのだ
ろうということも思っている。むしろそのような意識を
払拭することが今回は大事だったのではないか。そうい
う考え方からすれば、公務員型であれば要するにぬくぬ
くとやっていけるというような意識を、この際やはり外
していくべきであると思う。したがって非公務員型でい
かなければ、全体として一貫性が無いと思う。ただ、身
分保障の面においては今まで保障されていたわけである
ため、当事者がそれなりに納得がいく形を取らなければ
身分保障を大きく変更することはできないわけであり、
その点における配慮というのはこれから非常に慎重にやっ
ていく必要はあると思っている。ただ、公務員型と非公
務員型のどちらかという議論と実質的な保障ということ
は、分けて考えなければ、何となく公務員型で、という
ところにしがみつかなければいけないという、そんな精
神で改革が出来るのか、また新しい形の大学が出来るの
だろうかと思う。
  	 
[42]○ 公務員型か非公務員型かということについて色々
なお話があったが、要するに身分保障に対する心配とい
うのが一番基本にあるのだろうと思う。前回ご説明があっ
たが、従来法律に書かれていたようなことが就業規則で
書かれることになるわけだが、その場合に例えば教員に
ついては学問の自由や大学の自治など、そういう精神が
大事であるということは散々言われていて、その人事の
基準あるいは手続きというものは評議会または運営協議
会で決めるというところまで決まっているのである。し
かし、職員についてはそういうものを一切なくして、い
つでも首が切れるというような就業規則になるとは到底
考えられないことだろうと思うので、私は身分保障につ
いてはそう心配する必要は無い、公務員型であるかない
かということはそう大きく影響することはないと思って
いる。また今回の場合は労働三権も保障されるわけであ
り、ストライキ権まで持つことになるので、むしろ教員
も含めて職員の方々は自己主張がやりやすくなってくる。
むしろ管理する学長の側の方が大変になってくるのでは
ないかという感じで受け取っており、私はここまできた
以上はせっかく法人化を目指してやっているのであるか
ら、法人化のメリットを最大限活かす方向を考えるべき
ではないかということで、非公務員型に賛成である。
  	 
[43]○ 非公務員型になった場合も公務員型と同等の身
分保障がなされるというような文言はどこかにあるのか。
  	 
[44]○ 「各大学の就業規則等においても解雇事由の制
限その他について適切な定めが必要である」という形で
言及している。したがって、まさに就業規則をどうつく
るかという問題に関わってくることになる。教員はとも
かくとして一般職員をどうするかという問題については、
公務員であるということがステータスの問題であるとい
うことは、人事制度委員会において随分この議論を行っ
た。この席でも私は、教員だけのことを考えないで一般
職員のことも考えて下さいということを申し上げたつも
りである。一般職員が非公務員型になった時に一体どう
いうことになるのかということについては、承継職員と
いうか移行職員については、現行の公務員として扱われ
ている色々な処遇問題はほとんど変わりない。職員の引
継ぎ、退職手当、医療保険、年金、宿舎など、身分の変
更に伴っての不利益というものは生じないような措置を
講じられるということである。またこれは今の就業規則
の中での問題になるが、解雇事由などはまさに大学当局
と職員団体との間での交渉事項になってくるということ
になるわけである。むしろ私が心配しているのは、流動
化という中で公務員型をとっている国立研究機関との人
事交流等という場合に、例えば退職金の通算等というも
のは退職手当法の改正などで対応してもらえるのか、と
いうことであるが、ここまで整理されてきていると、そ
ういう点を先生方がご心配なさらないような形で取り扱
えば、非公務員型になってもそれほど問題は生じないの
ではないかと思っている。教員の身分保障の扱いについ
て、教特法で規定されているような問題についても、こ
れからは学内の規則の中でそういった点の趣旨をもり込
んでいった形のものにしていくということが明記されて
いる。各大学でこれから就業規則、あるいは任用に関し
ての規則等の基準、手続きを作るときには、おそらくこ
こで書かれた趣旨を踏まえて作ると思うので、今回のこ
の修正案をみる限りではその点の心配も私はなくなった
と思う。各大学の学長は、この趣旨を職員にきちんと説
得していただかなければいけないと私は思っている。
  	 
[45]◇ 教職員の身分保障については、今お話があった
とおり、端的に言えば公務員法上は一定の事由が無けれ
ば免職になることがない。それが法律で事項が定められ
ているということであるが、それが今度法人化して、非
公務員型になった場合には、法人の就業規則の中に、解
雇の事由はこういう事由でなければ解雇することはでき
ないというようなことを盛り込み、その事由を公務員の
場合と揃えることによって同じような身分保障を保つと
いうことは制度的に可能であると考えている。また、先
程の期待権との関係については、この資料の中にも書い
てあるが、今大学に所属していてそのまま新しい法人に
移行する方については仮に非公務員型ということになれ
ば、法律の中で身分がそのまま承継される、引き継がれ
るということになる。退職手当についても今までの期間
を通算して計算をするということが法律上盛り込まれる
わけであるので、期待権については法律上の手当てとい
うことができるのではないかと思われる。ただ、法人が
発足して移行後に採用した職員について、これはまった
く新しい法人の職員としてその法人のルールの中で対応
することになるが、当然、人事交流の話が出てくる。仮
に非公務員型の法人となったとすれば、国との人事交流、
あるいは今お話があった公務員型の国立研究機関のよう
な機関との交流がしやすいような形での退職手当の措置
や色々な措置を何とか実現する必要があると考えている。
  	 
[46]○ 人事交流については、一般職員の場合が一番問
題なのである。今度非公務員型になった場合、どこで誰
がそれを行うこととなるのか。例えば、今は本省が大学
の事務局長の人事など行っているわけである。それは1
つの組織だから一斉にその通り異動しているわけである
が、人事交流で意欲を持って異動して勉強したいと思っ
ているような人たちが異動できるような組織を、本気で
考えてほしいと思う。
  	 
[47]○ 国立大学が法人化されるわけであるが、基本的
に運営費交付金が交付されて給料、研究費等が保障され
ているということであり、私ども私学はうらやましく思っ
ている。したがって、身分保障についてはまず心配ない
ということで、さらに非公務員型で非常に自由が与えら
れるという、大変結構なことであると思っている。私は
そういう点から、非公務員型になっても今と比べてそう
変わらないためよいのではないかと思っている。しかし
今のご意見のように、人事交流の場合にこれは非常に困
るということである。人事交流がうまくいくような方法
がもし出来れば、私は非公務員型でよいのではないかと
思っている。
  	 
[48]○ 公務員型、非公務員型についての説得のご苦労
は理解できるが、色々とご議論を聞いていて思ったのは、
まず教員の方々へ国から十分な教育資金がこなくなれば
大変であり、学問の質やレベルが落ちるということを心
配するということであるなら理解できるが、大学の事務
運営や運営をサポートする人たちがどうしても公務員で
なければならないという論理は、民間から言えば全くな
いのではないかと思う。むしろ、そういう人たちほど本
来はもっと質の高い大学運営をサポートする競争や、あ
るいはIT化にしても、やはり大学の運営を本当に効率
よく改革していくサポート部隊の競争というものがなけ
れば、全然効率の良い教育をサポートできないのではな
いかと思う。このように考えると、民間の大学はいつ潰
れるか分からないわけであり、民間より有利な身分保障
が法人化された場合でもおそらく確保されながら、時間
をかけてそういうものについてどういうあり方がよいか
ということが次の段階となるのではないかと思う。それ
は必ずしも労働条件の悪化につながるかどうかは逆に言
えば分からないわけで、例えば大学運営でもローテーショ
ンの問題がでているが、いずれ大学運営の事務部門やI
T化、財務、そういったものの人材センターというよう
なものがおそらく作られて、そこでより専門技能という
か、大学運営の専門職というものが当然事務の中からも
あるいは運営の中からも育ってこなければいけないと思
う。そういう人は今の公務員と比べてもっとより違った
意味で、働き甲斐のある場所を大学の中に作り出してい
くのではないかと思う。このように前向きに考えるべき
であって、むしろこういう面こそ積極的に国のやり方を
変えていかなければならないのではないかと思う。つま
りそれに取り組んでほしいというのが私ども民間から見
た場合の考え方である。
  	 
[49]○ まさに今のご意見のとおりであると思う。学長
としても職員に対して説得に努め、今の世の中では甘え
の構造ではいけないという形で色々と取り組むつもりで
いるし、その成果は一部はあがると思う。ところが、今
いる職員を、そういうマインドを持った新しい人と取り
替えられるのなら我々は取り組めると思うが、既存の方
をそっくり残しておいて、その上でマインドだけ変えて
色々と叱咤激励しても、そのうちの大半の人は背を向け
る可能性も十分ある。私は先程のお話しにはまったく大
賛成であり、やるべきだと思うし、やるつもりでいるが、
人間はやはり肩書き、タイトル、あるいは観念的なもの
など、理屈ではない部分で反対することが非常に多いの
である。最終報告書案に、いかに職員等が非公務員型に
なったほうが良いか理論的に書いてあり、これは確かに
そのとおりある。ところがこういった理論的な話は、観
念的な理論になると消し飛んでしまうのである。したがっ
て、ハードランディングをする気なら大いにやっても良
いとは思っているが、ソフトランディングをするなら少
し色々な形で知恵を出さないと、法人化すべき大きな目
的自体が吹き飛ぶような事件がおきかねないということ
を、少しでもよいからテイクノートしておいたほうが良
いのではないかというのが私の意見である。私はおおい
に非公務員型に賛成であるが、しかしこれは全国的に色々
な話が職員のほうからでてくると、かなり大きな量になっ
て、できるものも出来なくなる心配がある。何も起きな
いかもしれないが、私は起きないよりは何か起きる可能
性の方が大きいと思っているからそういうことを言って
いるので、理論と観念では世界が違うということも少し
頭に入れておいていただきたい。
  	 
[50]○ 国立大学の現職の教授でない方の言っているこ
とと、現職の教授が言っていることが少し違っているよ
うであるが、本来国立大学がこれからどうあるべきかと
いう観点で議論をしていって非公務員型に傾いてきてい
るということだろうと思うが、本来どうあるべきかとい
う議論と、現在そういう方に改革を持っていくときにど
うするべきかという議論は少し違うと思う。結局非公務
員型になることに対して非常に大きな不安を持っている
人がいると思う。そして色々なことを書いていただいて
いて、かなりの部分は明確になっているところもあるが、
例えば、「適切な定めが必要である」、「労使関係の構
築に向けた取り組みが不可欠である」、「条件整備が必
要である」などと書いてあるが、この中身がもう少し見
えてこないと、またどの程度見えれば良いかというと難
しいことであるが、この不安は中途半端で解消されない
ということがあるのだろうと思う。それをいつ、どの段
階できちんとしたものを明示するかということが今後の
1つの課題であると思うのである。もう1つ、非常に難
しいことはステータスについてである。これはどのよう
にして説得するかということはやはり工夫が必要である
と思うが、その不安は私は相当細かい色々な議論及び検
討の積み重ねをして内容を提示すれば、かなりの部分は
解消できるのではないかと思うが、それをどこでいつや
るかという問題があると思う。
  	 
[51]○ 私自身は非公務員型ということを従来から申し
上げている。確かにこれまでの国立大学、あるいは現在
の国立大学の職員を念頭におくと、そこには色々と考慮
すべき問題があることは私も重々承知している。しかし、
これからの21世紀の日本の国立大学が、本当に国際競
争力を持って光り輝くためには、職員のサポートという
ものが非常に重要であると思う。その職員のサポートは
やはり、例えば外国語にしても十分なコミュニケーショ
ン能力を持つ人が大学の職員になるべきであるというこ
とである。例えば、これは諸外国は言うまでもなく、大
学のスタッフディベロップメントが非常に重要で、特に
ph.Dを持ったような人たちがみんな大学を支えてい
るわけである。実は今、大学院が重視されるなど色々と
言われているが、実際の若い能力のある人たちの受け皿
が非常に少ない。つまりポストドクターあるいは人文社
会系であればオーバードクターというような層があり、
これはこの先10年くらいを見てみると、ちょうど今の
日本の国立大学の職員数に匹敵するくらいの人たちがこ
れから非常に高度な訓練を受け、国際的な体験もあるの
に知的職業に就けないという状況が想定されるのである。
私はそういうときにこそむしろそういう人が文部科学省
の職員になれば、大学がものすごく輝くのではないかと
思うが、それも結局今までの公務員制度であれば、これ
は公務員試験との関連でできないわけである。したがっ
てそういうことからしても、私はやはり今ではなく10
年後、20年後のこういった職員の人たちの有り様とい
うことを考えると、そういう形での教員と職員が一体と
なって国際化に対応するようなイメージを考えられない
かという気がする。もう1つ、先程ご議論に出た懸念は
良く分かるし、特に学長が第一戦で色々と説得しなけれ
ばならないことも分かるが、我々の議論は実は大学人の
中ではかなり理解できるが、今回の法人化の問題も、
ちょっと大学を離れた知識人やジャーナリストにはまっ
たく理解されないものである。まして教特法などと言っ
ても全然そういうものについての認識もないわけであり、
したがって広い国民的なレベルからすれば、例えば大学
の世界では大学人の間では、仮にトラブルがおこっても、
それはむしろ国立大学関係者が世の中から指弾されるわ
けで、まだそんなことを言っているのかというような雰
囲気になるわけであり、ここは大きな革命をやるつもり
でみんな頑張るぐらいのことをしないといけないと思う。
現職の人からはかなりそういった意見が出てくるかも知
れないが、ここはやはりそれを乗り越えて、国民にわか
りやすく、日本の国立大学はこのように変わるのだとい
うことをしなければ、国からお金もくる、身分も国家公
務員で安定しているということでは何のための改革かと
いうことは必ず問われると思う。せっかくの我々の志が
そういう考慮のために、死んでしまうのではないかとい
うことを考える。
  	 
[52]○ 今の職員の身分の問題で、法律的に本当に公務
員型と非公務員型の共存が可能なのかどうか。つまり教
官が非公務員型で職員が公務員型であるということがで
きるのかどうか。これはその後に新規の採用の人と法人
化される前から採用されている人の身分関係を、どうい
う具合にするかという問題に関わってくるわけである。
しかも法人化という形で組織を分離しそこで雇用すると
したときに、国家公務員型でずっと職員間のダブルスタ
ンダードを排除することになれば、技術的には文部科学
省が国家公務員として雇ってそれを各大学に分散するし
か方法はないのではないか。そのようなことを考えると、
これは非常に難しい問題になっていくのだろうというの
が第1点である。もう1点は国家公務員から各法人へ移
す時に、どこまで移すかという問題である。今、職員の
方々を見てみると、事務局長を始めとするキャリアの方
と、全国をローテーションする文部科学省採用の方、そ
して各大学で採用した方と、これは職員といっても3つ
の身分関係があるわけである。ここを一体どういう形で
法人に対して移すのか。そのことによっては、これは垂
直的な人事交流と水平的な人事交流をどういう具合に担
保するのかという、非常に大きなテーマになってくると
思う。その部分はこの文章の中では実は読み取れない形
になっている。事務局長も含めて全部配分するのか、あ
るいは各都道府県のように各大学が文部科学省に派遣を
お願いして、そして拒否権も含めて大学側がその裁量権
の行使を今とは違った形で出来るのかどうか、このよう
な問題が今後非常に気になってくる問題である。したがっ
て色々と考えてみると、教官とは別にして、職員につい
て国家公務員型を採用するということは技術的に難しい
のではないかという感じを持っている。
  	 
[53]◇ まさに今のご指摘のとおりであり、基本的に同
一法人内において、公務員型、非公務員型を例えば教官
と職員という形で分けた形で両方共存するというのは、
独立行政法人通則法のシステム、あるいは独立行政法人
通則法において別の仕組みを構想できるかという法制度
上の問題として考えるとすれば、それは極めて困難とし
か言いようがないということが結論である。しかし今ま
でに国研等、すでに独立行政法人化したものがあるわけ
であるが、その場合には在職中の職員については引き続
き設立された当該法人の職員として雇用されるというの
が法制度上手当てされる。今までのものも手当てされて
いるわけであり、基本的にこの原案もそういうことを前
提として考えられるということになるわけである。した
がって基本はどうなるかといえば、法人の長が教員も職
員も含めて人事権を握る。これはまさにこの国立大学法
人の制度設計上の基本中の基本ということになるわけで
ある。例えば事務局長の部分について言えば、本省との
人事交流の話題が出ているが、仮に、本省から法人へと
いう人事交流が考えられるという場合においては、今ご
議論にあったように、国と都道府県における人事交流と
同様に要請を踏まえて行う、というベースになると思う。
ただこの場合には退職手当等の通算、復帰等についての
手当ては当然必要になってくると思う。そのようなこと
を踏まえた上で、法人化後の人事のあり方という問題に
ついて基本設計をどうするかということであると思う。
そしてその場合、移行の問題や法人間の様々な交流を巡
る問題について、どういう問題があり、それについてど
ういう手立てがあり得るのかということがある。例えば、
職員については事務局の案として検討の焦点を書かせて
いただいているところである。基本の問題として言えば、
職員はあくまで法人の長が採用する、あるいは人事権を
持つという原則の中で、交流の必要性等に応じて、どん
な仕組みを具体のものとしてそれぞれ共同し、あるいは
文部科学省との関係についても、それはまさに検討して
いかなければならないと思うし、1つのシステムとして
どう工夫していくかという問題がある。ただしそこでの
原則は私どもが必ずしも軽視しているわけではないが、
法人の原則を壊すようなことがあってはならないと考え
ている。色々な形の人事交流の仕組みについては、各法
人が共同して色々な可能性の選択肢を考えれば色々なこ
とが出来そうな気もする。それはあくまで今後具体の形
のものとしてどうしたらよいか知恵を出し合いながら、
全体として円滑かつ人事交流の目的が達成されるような
仕組みを工夫していかなければならないと思う。今そう
いう意味で、このようなご議論も踏まえながら書かせて
いただいたわけであるが、速やかにそういうシステムを
色々工夫をしていかなければならないという認識は持っ
ているつもりである。
  	 
[54]○ 今度の改革は大変大きな改革であると思ってい
るが、教員と同じように職員の方の意識の変化というこ
とが大事ではないかと私は思う。確かに職員の方たちの
ステータスの問題、あるいは条件の問題があると思うが、
地方の大学においても、局長、部長、課長は文部科学省
の人事の中で異動しているわけである。そういう条件を
失いたくないという気持ちが、私は事務系の方たちにあ
るのではないかと思う。しかし例えば私が学長の間に、
事務局長は4回変わった。本当にそれが良いのかという
ことについては色々反省することも必要ではないかと思
う。自分が勤めている大学のために骨を埋めるような気
持ちでやっていただかなければ、今度の改革はできない
と思うので、教員と同じように非公務員となって取り組
もうというような人がその大学に残ってやってもらう。
そのくらいの気持ちがないと私は職員のサポートもでき
ないし、大学全体の改革も出来ないだろうと思うので、
この点、大変であると思うが、やはり各大学の学長の先
生が職員を十分説得していただいて、一緒にやろうとい
う気持ちを持つようにしていただくことが大事ではない
かと思う。
  	 
[55]○ 私も教員は非公務員型、職員は公務員型という
のは実際にはなかなかできないのではないかと思う。そ
ういう意味では先程ご議論に出たように、これは国立だ
けでなく、あるいは法人化したところだけでなく、これ
からは私立も含めてそういうマーケットができてくるの
だろうと思う。それは確かに時間がかかる問題である。
また今問題になっている人事交流の問題であるが、これ
はやはり何か専門的な組織を作って検討しないと無理で
はないかと思う。移行するにしても、採用されて一年の
人と何十年もいる人とは扱いが違うと思う。普通民間で
あれば1年くらいというのはあまり問題にならず、5年
くらいで色々なベネフィットを得るにしても、段階別に
やっていると思うので、その辺をもう少し詰めると組合
などに対しても良いのではないかと思う。そうすればも
う少し本当の姿が見えて、それ程心配もなく出来るので
はないかと思う。もう1つ、「就業規則等においても解
雇事由の制限」とあるが、ここまで言うのかどうかとい
うことがある。私は既存の法律の適正な適用くらいで良
いのではないかと思う。ご承知のとおり、例えば判例で
は、解雇についての4条件などもあるのであるから、民
間の就業規則や労働契約などの規定以上に解雇事由の制
限という言葉を使ってよいのかどうかという点が、私は
少しどうなのかと思う。
  	 
[56]○ 職員の方々の現状というのは正直言って、やは
り教員の方に比べて地位が低いという、そういう長年の
現状がむしろステータスの問題なのではないかと思う。
したがってこの改革をひとつの起点にして、例えば運営
協議会でも事務局長くらいは大学運営の役員になる、あ
るいは職員の有能な人たちへのモチベーションのような
ものを上手に作る必要があると思う。したがってこれか
らは大学運営にどんどん参画できるし、おそらく効率が
上がればそういう1つの集団に対する一律の成果報酬で
はなくなり、大学同士でも有能な人たちへの処遇という
のは良くなるはずである。私はやはり経営参画やあるい
はそういう人たちへの処遇、地位の保証、そういうもの
を含めて積極的に取り組み、劣等感というよりも大学に
おいて対等な身分保障を上手に仕組んでいくということ
も重要なのではないかと思う。
  	 
[57]○ 今のご意見に私も大変賛成であるが、もし非公
務員としてこのような形で行っていくならば、例えば運
営の面で職員はどういう位置を占めるのかということに
ついてきちんと言及して、そのようなことをテコにして
説得するという側面を与えなければ、この全体の報告に
ついて教員のことについては一生懸命考えているが、職
員について抜け落ちているために問題が起こるという危
険性を感じるので、その部分で何か工夫ができないかと
思う。
  	 
[58]○ 人事交流について、幅広い円滑な人事交流を可
能とするための具体的な方策ということで、退職手当の
相互通算などが書かれているが、これは周りの条件を整
備するというだけのことである。したがって「法人化後
も事務職員の適切な人事交流を促進するための工夫が必
要である」というところが実は一番大事で、これがうま
く働かなければ円滑に動かないということになると思う。
しかしこの「工夫が必要である」というだけの文章では、
何をやるのか実は良く分からないので、退職手当の通算
などのようなことなのかとも思ってしまうかも知れない。
ここで必要なのは実際に教職員、特に職員を動かしてい
けるような体制作りということであり、そのためには例
えば一種の斡旋機関のようなものを作る、あるいは国大
協の中に作るというケースもあるかも知れないし、色々
なやり方があると思うが、そのような斡旋機関を経由し
てそういう仕組みで動かしていくという、そういった仕
組みを考えていく必要があるのではないかという感じが
している。ここで工夫とだけ書いてあると何のことだか
分からないという気がする。
  	 
[59]○ 今のご意見に賛成であるが、私はこの部分は最
低限、促進するための仕組みが必要である、くらいに直
してもらいたいと思う。
  	 
[60]◇ これまでの流れでは、人事制度委員会の他にこ
の委員会でも公務員型、非公務員型を比較、吟味しなが
ら、議論の体制としてはやはり昨年末までの国家公務員
制度の大改革の方向について期待していたものが、なか
なか大学関係について言えばあまり変わらない中で、公
務員型と比較してみると非公務員型の方がメリットが大
きいという議論の流れであったと思う。おそらくここに
参加された先生方は、その議論の経緯、中身等について
十分ご存知であるため、非公務員型の方がメリットが大
きいということになると思うが、確かに議論に参加され
ていない方、あるいは職員の方々からすれば、文字だけ
をみているので大丈夫なのかという不安があり、それを
どうするかということではないかと思う。それは我々の
責務でもあるし、国大協なども活用しながら、どういう
形でPRし、あるいは理解を深めてもらうかということ
については工夫させていただきたいと思うし、また文言
等でも言葉を足した方が良いところは更に検討させてい
ただくが、要するに基本は法人化のスキームが法人の長
たる学長に人事権を全ておまかせするということである。
今まではすべて文部科学大臣の任命であったわけであり、
その中で事務局についていえば、課長以上の管理職は直
接大臣が任命するが、それ以外の方についてはそれぞれ
の学長に任命権を委任しているだけであって、あくまで
も任命権者は文部科学大臣のままなのである。それを今
は何となく二重構造、三重構造になっているところを、
すべて大学の学長に行ってもらおうという中で、人事権
をあまり縛るようなスキームというか表現をなかなか書
ききれなかったため、今までの議論の中で共通理解しな
がら文言にしていない部分がかなりあるのは確かである。
したがって文字だけ見る方との落差というものはその辺
りにあるのではないかと思うので、それを埋めなければ
ならないと思っている。また色々な不安はあるが、職員
に法律上の身分保障があるか、あるいは勤務契約上の保
障であるかということは、形式上の落差が大きいわけで
ある。しかし今までと変わりなく安泰であるということ
では、先程の御議論の中にあったように何をやっている
のかという話しになりかねない部分がある。そこはまさ
にそれぞれの大学の経緯なり個別事情があると思うが、
色々と変わる可能性を秘めながら移行関係を円滑にして
いくことが必要であると思うし、これを機に教員だけで
なくあらゆる構成員に、自分たちの大学を自分達で作る
のだという意識改革が必要なのだろうと思う。それが結
局は労使交渉で賃上げ交渉ばかり行って、お金を食いつ
ぶしていくような大学であれば、やはり国民的な指弾を
されるわけであり、そんな大学は潰れるという中で危機
感を持っていかなければならない。それはある意味では
私学の経験を加味しながら円滑な労使関係を築いてみん
なでそれぞれの大学を盛り立てていき、その中で他の大
学との交流もしながらそれぞれの経験を積むという、人
事交流のスキームを、文部科学省が間に立って行うとい
うような形で、人事権をきつく拘束する形では書きにく
いわけであり、大学間の連携、調整や国大協の仲立ちな
ど、色々な方法論がある中で、これから工夫していかな
ければいけない部分が確かにあると思う。ただ、基本的
に人事交流が大事とか、移行職員の関係が大事などとい
うことを骨太に書きながら整理してその不安感を払拭す
るような努力を私どもも一緒になって行っていきたいと
思っている。
  	 
[61]○ これから色々なことが起こる可能性もあり、そ
れぞれの大学の学長で支えきれるかどうか心配なところ
も確かにあると思うので、そういうことについては文部
科学省の方で最大限の努力をしていただく必要もあると
思っており、またその後の色々な問題について大学がな
かなかしっかりやっていないからという形で文部科学省
の過剰介入が無いようにやっていただくことも大事であ
ると思うので、その辺をうまくやらなければならないと
思っている。
  	 
[62]○ 非公務員型に優れた面が多いということで列挙
している中でも、私は「外国人の学長、学部長等の管理
職への登用」を一番最初にもってきてほしいと思う。そ
の他の例えば試験採用の原則によらないということにつ
いては、例えば選考採用の職種などの幅を広げてもらい
たいということや、あるいは柔軟で弾力的な勤務時間体
系等ということは裁量勤務制の採用の可否などについて、
私はかつて人事院とも話をして、人事院の方の態度とし
てはかなり弾力的に対応する用意があると私どもは受け
取りましたということを、国大協の第4常置の報告とし
て諸先生方に報告していることもある。したがってこの
ようなことは公務員型であっても出来そうであるという
ことを前に言っていたではないかと言われては困るので、
一番主要な、今まで全く出来なかったのはまさにこの
「外国人の学長、学部長等の管理職への登用」というこ
とであるため、少なくともこれをまずトップに持ってき
ていただきたいと思う。
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■6) 毎日新聞2002/06/17 突然の国立「非公務員化」/文部省の背信に無力感

新教育の森 大学大変 1
突然の国立「非公務員化」/文部省の背信に無力感

 国立大学が改革の大波に翻弄されている。国の組織から切り離される「法人
化」。少子化に伴う他大学との統合、再編―――。狙いは競争原理の導入によ
る研究、教育の活性化と運営の効率化である。しかし、教職員は公務員の身分
を奪われ、評価の低い大学は国からの交付金を減らされる。国の庇護の下、横
並びに慣れてきた大学がどこまで変われるのか。戸惑う「学問の府」の現状を
報告する。

 「公務員の身分の奪われたら、民営化にも抵抗しきれなくなる」「せめて一
般職員は公務員のまま残すべきだ」

 4月19日、東京都内で開かれた国立大学協会の臨時総会は、出席した国立大
学の学長たちから次々に不満が噴出し、紛糾した。

 国立大学の法人化は99年、それまで反対していた旧文部省が容認に転じ、既
定路線となった。大学の自治を確保するため、通常の独立行政法人とは別の形
の法人とし、教職員の身分は公務員のままとすることが条件だった。

 ところが、今年2月、文部科学省は突然、教職員の身分を「非公務員型」と
する案を示し、それが翌月、法人化を検討してきた同省の調査検討会議の最終
報告にそのまま盛り込まれた。

 臨時総会では「約束が違う」と憤る意見が続出した。しかし、執行部が「民
営化を避けるためのぎりぎりの妥協だ」と説得し、最後は挙手による賛成多数
で、法人化が受け入れられた。

 国立大が自ら「非国立」に向けて歩み出すことを決めた日。会場には「今さ
ら抵抗しても仕方ない」という無力感が漂った。

 文科省の検討会議の主査(座長)は、国大協会長の長尾真京都大学長。副会
長の名古屋大の松尾稔学長、一橋大の石弘光学長もメンバーだった。なぜ、非
公務員化を阻止できなかったのか。

 「2月の会議の2,3日前にはじめて知らされた。それまでそんな話は一切な
く、公務員の枠組みが守られることは、まったく疑っていなかった」と松尾氏
は言う。しかし、文科省は約2年前から、実務レベルでひそかに非公務員化を
検討していた。

 法人化後の職員は、各大学法人と雇用契約を結ぶ。建前上、国の人事権は及
ばないが、各大学が要請すれば、地方自治体への出向と同じ形で国の職員を派
遣できる。これは身分が公務員でも非公務員でも変わりはない。

 「それなら非公務員化を受け入れ、民営化論への防波堤にしたほうがいい」
と担当職員は話す。

 民営化を阻止し、自らの影響力を残すために教職員の身分を差し出す。一心
同体と思っていた文科省の“裏切り”である。

 2月の検討会議で石氏や松尾氏は「(一般職員の反発で)法人化そのものが
吹き飛びかねない」「大学間の人事交流が滞り、士気が低下する」と反対した
が、民間メンバーは「教職員組合に向けた発言」と冷ややかだった。

 教職員が公務員でなくなることで、大学は外国人の優秀な研究者を学長や学
部長に登用し、特定の分野を強化することが可能になる。兼業や能力給の導入
なども容易になり、研究、教育のレベルアップも期待できるという。

 しかし、NTTの子会社の社長を経験した池上徹彦・会津大学長は「倒産の恐
怖の中で決断した経験がない」と、新法人のかじをとる国立大学長の経営手腕
を疑問視する。

 「しばらくは努力を見守るが、いうことを聞かなければ、またガツンとやれ
ばいい」

 自民党関係者は民営化をちらつかせながら、改革を渋る大学をけん制する。

 国のくびきを離れた自由競争の中で、国立大学は生き残れるのか。未来の大
学の形を決める国立大学法案(仮称)は、来年の通常国会に提出される。
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