2004年10月31日(日) |1053501 visits since 2004.10.31 |AcNet Project

香田証生さんを偲ぶメッセージ集

[29] 証人・あかしびと。メシア(大阪府/日本キリスト教団豊中教会)2004-11-10 14:59:15

私は一週間、食事も喉に通りませんでした。ご両親の思いになれば。 もし、自分の子どもで在れば。 何も、言葉が出てきません。 まして、自分の子どもの処刑シーンが日本中に流され、またそれに対し、無謀な非難中傷がこの日本であるということ。 むしろイラクの市民の方が、親国の日本の無実の青年の死に胸を痛めていること。 これらの現実を受け止めるのに、私は大変時間がかかりました。 苦しい。私はやっと昨日の交わりの中で、神様に話が出来ました。何故ですか、神様。どうしてですか。 あなたの子ども、兄弟姉妹であるはずではないですか。あなたは地の塩、世の光となれといいました。 何故ですか。クリスチャンであったばかりに敵の宗教だと誤解をされて、星条旗にくるまれ、殺されました。 私は、自分の子どもが引越しや学校でいじめに遭い、二年ほど寝込んだときに隣で私も寝込み、バケツの涙を流しました。 休んでも近所の子ども達から嘲笑され、ずる休みだといわれ、又図書館でも何故学校に行かないのかと追い詰められ外に出られず、 毎日死にたいと苦しみ、その息子を隣にして私も泣いておりました。 私は声楽をするため教会の大きな礼拝堂で毎年クリスマスのアドヴェントのときに、独唱させてもらっていました。 グノーやシューヴェルト、オテッロなどのアヴェマリアを言語で歌わせていただきました。 いつも我が子が十字架にかかり涙するマリアのことを覚え、涙を呑んで三百人の前で証して歌いました。 その証人の我が子もフリースクールを経て、今年高校へ入学しております。 証生くんと名前を拝見させていただいたとき、またなくなられ方を考えても、キリストと同じであると覚えました。 公然の場で処刑が行われたマリアでさえ、その場にいなかった人々にまで何度も子どもの処刑シーンをメディアで写されなかったはずです。 キリストは、三日目によみがえりました。 私はよみがえりです。命ですといいましたが、彼はよみがえりません。 神様、何故ですか。私には合点がいきません。私は苦しみました。 神はいいます。全ての苦しみには意味がある。神が今は分からぬとも、あとで益となさる。それを信じるしかありません。 言葉は大変むなしく、ヨブでさえ言葉は要らなかったはずです。 だから言葉を出すことに、大変躊躇いたしました。 人々の罪のためにキリストは十字架にかかり、証生くんも十字架にかかりました。 恐らくとてつもなく意味のあることと、あとで思われます。 弱い人間の非難、中傷、不況などのストレスをぶつける弱い人間のすることです。怒りは権力者に焦点化すべきでしょう。 それに引き換え、彼の弱者を助けよう、メディアの嘘を自分で確かめようとされた行い。 心広く弱者に愛や深い思いのあられるのはキリストと同じで、深い御言葉や教えがあってからの勇敢な行為であり、 やはりクリスチャンホームで育てられた人であると、ご両親の姿勢がそのまま伝えられてあると覚えました。 彼の命が天に行ったのは、イラクの人々の命の、身代わりですね。これは深いものです。地の塩、世の光となられたのですね。 今はご両親やお兄様より一足早くに天の国へ行き、イエス様と出会われたことでしょう。 私達にとって、この世は仮の住まいです。しかし頭で理解が出来ても、意識や心ではなかなか理解が出来ません。 ご両親のコメントやお兄様の態度はさすがクリスチャンであり、立派であると覚えました。私にはできません。 「報復に報復を持ってするな、われらに罪を犯すものをわれらが許すごとく、我等の罪をも許したまえ」とありますが、 許すことが何と苦しく難しいことであるのでしょうか。ご両親の「イラクの市民が、一日も早く平和となるように」とのコメントに、 証生くんの命を持って世界の人、日本やアメリカに、伝えたかったことを覚えました。 私はご家族の苦しみの万分の一も担えませんが、世界のこの世の証となり天に召された証生君のため、 またご立派に御育てになられたご両親やお兄様のために、祈ります。 神は御子イエスをこの世に御仕えになった。子どもは自分の我が物とせず、神様から一時的にお預かりしたものであり、 いつ何処で生まれ、又いつどのように天に戻るのか、神の国では全てご存知でおられます。 だから、ご自身を責めることはやめてくださいね。すべてが神のご計画です。 親は自分を責めてしまいます。私の子どものときもそうでした。又、苛めてきた教師や近所の高学年の不良の子ども達については、 未だになかなか許せていません。 しかし、息子のことには意味がありました。それで私は心理士となり、同じ子ども達を救おうとしたのですから。 私が苦しんだ時に三浦綾子さんから、「神様はすべての事を益と変えてくださる、意味のあること」という内容の御手紙をくださいました。 証生くんのことも世の光となると思います。 最後に、わたしの苦しかったときに愛してやまなかった詩をひとつ載せて、終わりに変えさせていただきます。  あしあと ある夜、わたしは夢をみた。 わたしは、主とともに、なぎさを歩いていた。暗い夜空に、これまでの私の人生が映しだされた。 どの光景にも、砂の上にふたりのあしあとが残されていた。 一つはわたしのあしあと、もう一つは主のあしあとであった。 これまでの人生の最後の光景が映し出されたとき、 わたしは、砂の上のあしあとに目を留めた。 そこには一つのあしあとしかなかった。 私の人生でいちばんつらく、悲しいときだった。 このことがいつもわたしの心を乱していたので、わたしは、その悩みについて主にお尋ねした。 「主よ。わたしがあなたに従うと決心したとき、あなたは、すべての道において、わたしとともに歩み、 わたしと語り合ってくださると約束されました。 それなのに、わたしの人生のいちばんつらい時、一人のあしあとしかなかったのです。 いちばんあなたを必要としたときに、あなたが、なぜ、わたしを捨てられたのか、わたしにはわかりません。」 主は、ささやかれた。 「わたしの大切な子よ。 わたしは、あなたを愛している。あなたを決して捨てたりはしない。 ましてや、苦しみや、試みの時に。 あしあとひとつだったとき、わたしはあなたを背負って歩いていた。」 マーガレット 彼らが苦しむときは、いつも主も苦しみ、ご自身の使いが彼らを救った。 その愛とあわれみによって主は彼らを贖い、昔から、ずっと、彼らを背負い、抱いてこられた。 イザヤ書63章9節 言葉はむなしい。しかし、祈りは生きている。 井手  薫。

NHK World (2011.2.1) Real Life Lessons
(日本・イラク間の小学校交流)
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Radio Japan 2010.12.23
Saleem visits Kouda family
わが友「香田証生君」の死から1年をむかえて(2005年10月28日四ノ宮 浩
画家Maurice Loirand (1922-2008)(同夫人の詩人霜鳥和絵さんは「眠る詩人の木」の著者)のコレクションより:

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