2004年10月31日(日) |1053745 visits since 2004.10.31 |AcNet Project

香田証生さんを偲ぶメッセージ集

[30] 香田証生さんの死は無駄にしません(アメリカ/社会福祉関係)2004-11-12 16:54:15

香田証生さんの命を助けられなくて本当にごめんなさい。イラク自衛隊派遣を止められなかった日本国民の一人として、心からおわびしたいと思います。また、香田さんのご家族には心からお悔やみ申し上げます。
今回の香田さんの事件は言葉で言い表わせないほど、深く深く悲しんでおります。現在アメリカに住んでいますので、事件を知ったのは、ウェブサイトの新聞記事からでした。香田さんが声明の中で「すみませんでした」と述べているのを読み、なんて崇高な青年だろうと思いました。自分は殺される恐怖の中にいて、その原因を作った日本政府を一切責めずに、自衛隊撤退を要求もせず、自らの状況を自覚し、謝るというのは、到底出来る行為ではありません。それに対して、小泉首相の答えは、「テロには屈せず。自衛隊撤退はしない」というものでした。それを読んだときの、私の怒り・ショック・悲しみは相当のものでした。今回は明らかに政治的な意図を持って、行われた犯罪です。政府に責任があるのは明白です。香田さんは自衛隊を派遣している日本国に住む日本人であるがゆえに人質になったのです。小泉首相の対応は、政府の責任を認識し、人質の生命を考えて発言されたものではありませんでした。それでは、香田さんが死んでしまうではないですか。何よりも国民の生命を第一に政府は守るべきではないのですか。誰が香田さんを救えるの。私達一般市民がなんとかしなくては、香田さんは本当に殺されてしまうではないか。そう思ったらいてもたってもいられなくなりました。今回の犯人は、前回の人質3名の犯人とは、異なり、かなり凶悪であることは当初からわかっていました。犯人は、以前にアメリカ人、韓国人を殺害していたのですから。私は、アメリカ人・韓国人の方が殺された時も、今の時代にこんな残虐な殺され方をされるなんて、なんて可愛そうなことだろうと心を痛めました。その犯人が香田さんを捕まえてしまった。本当に香田さんを殺害してしまうかもしれないと心底怖くなりました。私は、なんとか香田さんを救いたくて、日本のNGOや政府関係者の人にコンタクトをとり、犯行声明が出された、アルジャジーラに香田さんを救ってくれるようメールを出したり、友達にも協力を願いました。私はとにかく必死でした。それにもかかわらず、日本の世論が、マスコミ・政府と同じように香田さんの行動を批判しているニュースを読んだ時には、心の底から日本人を怖く思いました。その思いは今も心の傷として残っています。今にも、残虐に殺されようとしている人を、何よりもまず助けてあげたいと思うのが、人間が本来もつべき自然な気持ちなのではないでしょうか。それよりも、彼の行動を問題にし始めたことが信じられませんでした。ましてや、香田さんは、罪をおかした人ではありません。私自身、平和で、物質豊かな国に生まれ育ち、同じ地球上に住む、同じ人間でありながら、戦争や貧困で犠牲になる人々に心を痛めています。私が日本に生まれたのも、親に恵まれたのも、全ては私がたまたまそのような環境に生まれたにすぎないと思っています。そして、他国の人々の悲惨な状況を真に理解するためにも、また現在日本人が抱える心の問題を解決する為にも、実際、色々な国で苦しんでいる人々を見て、直接触れなければいけないと、常に感じています。香田さんがイラクに入ったのは、私と似たような思いを抱いての事ではないかと私は感じました。私はなかなか実行に移す事が出来ず日々暮らしていますが、彼は私と違い勇気ある青年でした。そうでなければ、ただの興味範囲でイラクのような危険な場所に行く人はいないでしょう。香田さんの「すみません」という崇高な言葉に彼の全ての人柄を表わしている気がしたのです。ですから、私にとって世間の中傷は到底理解できないものでした。そして、日本政府は、自分達のイラク自衛隊派遣政策が原因で日本人が人質になったという物事の本質を直視せず、香田さんの行動に全て問題があるという態度で一貫していることに、そして今なお、自らの行為を正当化し、アメリカがイラクの一般市民を虐殺している状況を支持している日本政府に、心から怒りを感じています。日本人は、太平洋戦争で多くの人々を殺害し、他国を植民地にし、彼らの生命・プライド・文化を奪いました、また日本は自国民をも沢山死に至らしめました。戦闘地域での兵士の死、アメリカの空襲・原爆による一般市民の死。戦争の被害者・加害者である歴史と真に向き合っているのであれば、真の平和の意味を理解しているはずです。今の政府を見ていると、過去の行いをきちんと理解しているとは到底思えません。戦後、経済大国になり、勉強が出来れば良い、お金があれば良い、社会的名声があれば良い、そういう価値観の社会に日本はなっているのではないでしょうか。そして日本人はおごってしまい、本当に大切な心を忘れてしまったのではないでしょうか。一つの生命、愛、思いやりが何よりも大切だということ。そしてそれらを地道に大切に育てていくことが、大きな平和をもたらすということを。香田さんの死が、私に改めてそのことを気付かせてくれました。彼の恐怖や、家族の深い悲しみを思うと本当に言葉になりません。私達がこのままイラク派遣を見逃してしまうことは、香田さんの死を無駄にしてしまうと感じます。彼は、イラクの人々の怒りや悲しみを一身に引き受け、私達に正しい道に進むメッセージを残すために、犠牲になってくれたような気がします。太平洋戦争が泥沼化した要因に、日本人のメンタリティーが問題ではなかったでしょうか。権力に逆らえず、正しい道筋から目をそらしてしまい、大きな波に乗ってしまうという。そのために、多くの人々が犠牲になり、今もなお、戦争の傷跡が多くの人々を苦しめています。それは、私が外国でアジア人に出会うたびに突きつけられる問題です。日本人は自分達の先祖が行ったことをきちんと理解していないとアジアの人々は思っています。その度に、私は日本人として罪の意識を感じていました。自分が行ったことではないとしても。そして、アジアの人々は、日本人にこの声を聞いて欲しくて、わかって欲しいと思っているのだと思います。それは、日本人が本当に自分達の行いを「理解」していないからと思われているからです。そして、私自身も香田さんの事件以前には、本当に「理解」していなかった気がします。でも香田さんの死を通して、わたしなりに「理解」出来てきたような気がしています。戦争は、被害者も加害者をも何年たっても苦しめるのだと身をもって体験しました。このような苦しみを未来の子供達に味わせたくありません。
アメリカで社会福祉をしている私は、強いものの影で弱いものが沢山苦しんでいるのをみています。アメリカは競争社会、個人主義・資本主義が蔓延している社会なので、裕福層と貧困層の格差は広がっています。権力者は、益々自分達の力を乱用していくでしょう。その歯止めを世界も出来ずにいます。そしてそのアメリカを日本は見習おうとしています。怖い事です。戦争で戦う兵士達の多くは、大学に行くお金が必要な貧しい家庭の人々です。戦争から戻ってきた人々は、戦争の傷により薬にはしり、精神に障害をきたす人が沢山います。アメリカの一部の権力者・大企業が自分達の利益を益々追求していくと、アメリカ国内においても、世界の国々でも、苦しむ人々が益々増えていくと思われ、非常に怖いです。
日本社会もアメリカに追従していくと、強者と弱者の構造がこれからさらに大きくなるような気がします。今回の香田さんの事件も、政府という権力者が、一般市民という弱いものをいじめているようでした。小泉首相・政府の発言には、悔しくて悔しくて何度も涙しました。これが平等であるべき人間社会なのでしょうか。どうしてこんな横暴な政府に今だについていかなくてはいけないのでしょうか。私は、この事件で、日本国に帰るのが怖くなりました。最近ガンジーの言葉・伝記を読んでいます。世の中には、悪もいれば、人々の幸せを心から願う聖者もいるのだと救われる思いです。香田さんの死は私に色々な事を問いかけてくれています。平和とは。人間とは。思いやりとは。幸せとは。社会とは。信仰とは。私は一生かけて、人々が平和で、幸せに暮らせる社会に貢献していきたいと思っています。それが今までの私の願いでもあり、香田さんの死によってその思いが一層強くなりました。香田さん、本当に助けられなくてごめんなさい。怖かったでしょう。苦しかったでしょう。助けてくれと叫びたかったでしょう。家族に語りかけたかったことでしょう。このような事態を防げなかったこと、本当にごめんなさい。政府の自衛隊を撤退させることが出来なかったこと本当にごめんなさい。本当に助けられなくて、本当にごめんなさい。今はただ、香田さんが安らかに眠り、天国で幸せに暮らしていることを心から祈っています。香田さんの死を無駄にしない生き方をしていきます。何よりも人を慈しむ心と、勇気という優しさを大切に生きていきます。尊い思いに気付かせてくれて本当にありがとうございます。香田証生さんは、私の心の中にずっと生き続けます。

NHK World (2011.2.1) Real Life Lessons
(日本・イラク間の小学校交流)
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Radio Japan 2010.12.23
Saleem visits Kouda family
わが友「香田証生君」の死から1年をむかえて(2005年10月28日四ノ宮 浩
画家Maurice Loirand (1922-2008)(同夫人の詩人霜鳥和絵さんは「眠る詩人の木」の著者)のコレクションより:

La grande ferme