福岡高裁 即時抗告事件 主張書面( 抗告人1)抜粋

福岡高等裁判所平成19年(ラ)第4号地位保全等仮処分命令申立却下決定に対する即
時抗告事件

抗告人 *
相手方 学校法人立命館

            主張書面(抗告人1)


                      平成19年1月24日

福岡高等裁判所 第5民事部 御中
                  抗告人訴訟代理人

						  弁護士  古田邦夫
						  同    楠本敏行
						  同    田中利武
						  同    佐藤拓郎
第1 1999年10月24日の日本語講習会における*教授の説明は、相手方内部の意思決定に基づき、極めて明確になされたものである。
1 *教授の説明は軽率になされたものではない。
2 99年10月の継続雇用の約束と常勤講師規程との関係について
3 99年の説明会の開催に関する議事録などがないことの意味
4 99年の説明会で抗告人が質問していないことについて
第2 抗告人の雇用の継続に関する合理的期待は正当なものであり、保護され るべきものである。
1 原決定の「債務者が、学生定員の増加を図りつつ教育の質向上を図るため、教員組織整備計画のもと、常勤講師の職位を廃止したことには必要性・合理性が認められる。」との認定(23ページ、「キ」)は誤りである。
(1)APUの教員組織整備計画は教育の質の向上のためと言えず、必要性も 合理性もない。
(2)抗告人の労働者としての地位を認めることは教員組織整備計画の根本的見直しを余儀なくさせるものではない。
2 2002年着任時の説明会での説明に関する原審の判断について
(1)
(2)
3 略 

( 転載者註:固有名は*に置きかえている。)

第1 1999年10月24日の日本語講習会における*教授の説明は、相手方内部の意思決定に基づき、極めて明確になされたものである。

1 *教授の説明は軽率になされたものではない。

原決定は、99年の説明会における継続雇用の説明を「*教授の軽率な発言」(決定の24ページ)であると断じているが、その判断は誤りである。

相手方が用意した質問リストに沿って*教授が「4年後の更新につい て知りたい」の項目について継続雇用の説明をなした時、*立命館アジア太平洋大学開設事務局企画課課長、*同課課長補佐やAPU開学準備のために開学の2年前から着任していた日本語担当教員2名もその場に同席していたにも関わらず、一人として何ら異議を唱えなかった。

仮に*教授が「4年後の更新について知りたい」の項目について全く予定もされていない説明内容として「一応任期はあるが、本人が望めば60歳の定年まで更新ができる。2期目に入っても昇進、昇給はない。この繰り返しで何回更新しても昇進・昇給はないが、それでも良ければどうぞ定年まで働いて下さい。」と発言したとするならば、それは大問題になる。その場にいたAPU開学の関係者がそれに何ら異議を唱えず放置していたというのは極めておかしい。仮にその場では異議を唱えなかったとしても、*教授が非常に重要な項目について自分一人の判断で軽率な説明を行ったのならば、すぐさま新大学設置委員会に報告がなされ、事実と異なる説明をしてしまった旨着任予定の常勤講師に訂正・謝罪がなされるはずである。実際には、このような事後の訂正・謝罪は全くなかった。

また、*教授はその場の突然の質問に対して咄嗟に答えたのではなく、大学側から配布された質問リストにあらかじめ印字されていた「4年後の更新について知りたい」に対して自ら説明を行ったのだから、この点について説明がなされることは予定された行動であり、また極めて重要な項目でもあるので、あらかじめどのような説明を行うかについてはAPU開学関係者の間で合意がなされていたとしか考えられない。

抗告人は、なぜ質問リストに「4年後の更新について知りたい」という項目をあえて入れたのかと、原審で、債権者(抗告人)の求釈明書・求釈明書2において再三問うてきたが、相手方からはそれに対して全く回答がなされなかった。相手方がこの点に言及することは、すなわちこの項目について回答することを予定された行動として認めることにならざるをえないので、無視するしかなかったのだと思われる。

このような状況だったのだから、*教授の発言は*教授一人の軽率な発言などであるはずがなく、相手方の意思を代弁したものであったのである。

2 99年10月の継続雇用の約束と常勤講師規程との関係について

原決定は、「立命館アジア太平洋大学講師(常勤)規定」の存在ないしその記載内容を、法人内での意思決定の存在を否定する根拠の一つとしているが、これは事実を見誤ったものである。

原審裁判以前の団体交渉等において、相手方は2002年6月まで4年後どうするかについて方針がなかったと主張していた。しかしながら、99年10月24日に説明会を催し、日本語教育担当予定者を一堂に集めると決めたのは相手方である。そして、わざわざ質問リストを事前に作成し、そこに「4年後の更新について知りたい」という項目を入れ、それに沿って本人が望めば60歳まで契約更新できると説明した。相手方は、なぜこのような相手方の言うところの「何も決まっていない時期」にわざわざ説明会を設定し、契約更新の約束をしたのか。

2005年8月10日の、抗告人らと*副学長らとの面談において*アカデミック・オフィス課長(当時)から「常勤講師規程は1999年12月に作った」との説明を受けた(甲47(第二回面談報告書)の2ページ)。99年12月に文部省から開学認可が下り、常勤講師規程はその直後に作られた、とのことである。(甲48(第2回団体交渉記録)10ページ、*アドミニストレーション・オフィス課長(当時)の発言より「(常勤講師)規定は設置認可が(1999年)12月におりて、それからでないと決められないので、案はもちろん全部ありましたけど、それ以降に理事会長(ママ)として決めていったというだけで、何も考えていなかったということではない。」)

しかしながら、当の常勤講師にはこの規程が作られたことを始めその内容についても実際に赴任するまで一切知らされなかった。また、赴任してからの着任説明会においても、乙1のような形で独立したものとして常勤講師規程を渡されたわけではない。乙5の教職員ハンドブックという分厚い冊子が配布されただけである。その中に常勤講師規程も入っているが、そこに常勤講師規程があることについても何ら言及されなかった。それどころか、「教職員ハンドブックについては、追々見てもらえば結構です。」と全く緊急性のないもののように紹介された。

99年10月の継続雇用の約束は常勤講師規程の内容(乙5、172ページ、第5条「常勤講師は、契約期間満了をもって退職する。」)と全く異なる。仮に99年10月の説明が間違いであった、その約束を果たすことができないということであれば、少なくとも99年10月の説明について速やかに訂正・謝罪がなされてしかるべきである。実際にはそのようなことは一切なされなかった。それはなぜか。

この点については、以下のように解釈せざるをえない。すなわち、常勤講師規程は、常勤講師一般に対する決まりごととして作成されたものである。*氏の上記の発言によれば、案としては全部99年10月の説明会時にもあったとのことである。しかし、説明会の時点からまださらに1年半・2年半と待たせる人も多数いる中で、立ち行くかどうかも分からない新大学に、常勤講師規程にあるような悪条件(雇用の継続性がない)で、採用した常勤講師を確実に着任させることには、相手方に恐れに近い大きな不安があった。開学前に採用した日本語常勤講師については、その着任を確実にしなければ、留学生(そのうちの大多数が日本語ゼロに近い状態で入学)が学生全体の半分を占める新大学の開学認可自体下りなくなってしまうし、実際の大学運営においても著しく支障をきたしてしまう。だから、とにかく開学を可能にし、開学後の大学運営を軌道に乗せるためには、雇用の安定という特別な約束をするしかないと決断した。しかし、これはAPUの事情による特別な約束であったために、常勤講師規程には反映されなかった。

よって、99年10月24日の更新約束は有効であり、常勤講師規程があるからという理由でもってそれが否定されることにはならない。

3 99年の説明会の開催に関する議事録などがないことの意味

債務者主張書面(6)の1ページに、「立命館アジア太平洋大学創設のための『言語教育センター』が、日本語講習会の開催を決定した。日本語講習会の開催を決定した時期は、少なくとも開催日である10月24日以前の9月上旬ころである。議事録などは作成されていない。」との記載がある。

相手方は、日本語担当着任予定者を海外在住の人まで含めてすべて、二日間の日程で参加するように要請し、宿泊費・交通費はすべて相手方が負担している。費用負担の面から見てもかなり大掛かりな行事である。このような会の開催について、開催をいつ決定したか分かる書面すらないことは驚くべきことである。このことは、相手方がAPUを開学する準備段階において、いかに書面での正式決定なしに物事を決めて進めていたかの証左である。

この例から見て、99年10月の*教授の継続雇用の説明についても、書面での正式決定がないということを理由にして、「内部的に意思決定していた」という抗告人側主張を否定することはできない。

4 99年の説明会で抗告人が質問していないことについて

原決定では、4ページに「その際、債権者は、*教授の説明に対して発言はしなかった。」と、抗告人が99年の説明会で「4年後の更新について知りたい」という項目について*教授が説明したことについて発言をしなかったことを殊更に述べている。債務者主張書面(8)の3ページにも、「債権者自身は*教授に対して質問していない。」と同様の記述がある。抗告人が*教授の継続雇用の説明に対して質問しなかったことで、重要な問題だと捉えていないと言いたいのかもしれないが、そのような認識は誤りである。

その際質問したのは*氏だけであったが、そのことによってその他の 常勤講師着任予定者にとってはこの説明が重要でなかったなどということにはならない。

多くの人が同じ疑問をもっていてその中のある人がその疑問について質問したとしても、その同じ質問を同席した全員が繰り返すはずだなどと想定するのは、実に非現実的である。

実際に、*教授の説明は、質問を要しないほど条件等について明確であった。すなわち、「一応任期はあるが、本人が望めば60歳の定年まで更新ができる。2期目に入っても昇進、昇給はない。この繰り返しで何回更新しても昇進・昇給はないが、それでも良ければどうぞ定年までいて下さい。」と。また、このような条件になる理由として、「APUでは常勤講師は週10コマの授業を担当していただくことになっています。これは、教授・助教授・専任講師とは違って、教育を中心とするスタッフだからそのようになっています。担当授業数が多いので研究に時間を割くことはなかなか難しいだろうと思います。でも、その代わりに、長く働いていただけるようにしています。」とも説明された。

*氏の質問にしても、*教授の説明について再確認したにすぎないと言えるものであった。よって、参加した日本語常勤講師着任予定者は皆この*教授の説明・約束に満足して、質問などする必要がないと判断したのである。少なくとも、抗告人は疑問の余地がないと認識したのである。

したがって、*教授の説明に際して発言・質問しなかったことをもって、 抗告人がそれを重要な内容だと捉えていなかったと、原審において判断して いるのであれば、それは明らかに誤りである。

第2 抗告人の雇用の継続に関する合理的期待は正当なものであり、保護され るべきものである。

1 原決定の「債務者が、学生定員の増加を図りつつ教育の質向上を図るため、教員組織整備計画のもと、常勤講師の職位を廃止したことには必要性・合理性が認められる。」との認定(23ページ、「キ」)は誤りである。

(1)APUの教員組織整備計画は教育の質の向上のためと言えず、必要性も 合理性もない。

日本語常勤講師の雇用契約が、99年の説明通りに継続されれば、常勤講師は長期的視野でAPUの教育に取り組み、教材・教育方法などAPUの教育のための様々な蓄積を行い、改良し続けることができる。実際に、原決定も認めている99年の説明会における*教授の説明(「一応任期はあるが、本人が望めば60歳の定年まで更新ができる。2期目に入っても昇進、昇給はない。この繰り返しで何回更新しても昇進・昇給はないが、それでも良ければどうぞ定年まで働いて下さい。」)を信じて着任した常勤講師たちは、自分の研究や生活の時間を削ってまでもAPUの教育のために尽くしてきた。日本語担当の常勤講師はよくやってくれている、とAPU側も認めていたくらいである(甲46(第一回面談報告書)の4ページ)。

ところが、教員組織整備計画に基づき、2006年度から常勤講師制度を廃止し、それに代えて、上級講師・嘱託講師制度が導入された。これによって、2006年4月から日本語担当者として上級講師1名と嘱託講師4名が雇用された。この上級講師・嘱託講師制度は常勤講師制度の時よりも教育の質を向上させるものとなりえない。なぜなら、上級講師・嘱託講師はいずれも「任用期間:1年(以降、双方の合意により1年間の任用期間で2回を上限に更新することがあり得る)」(甲27の5ページ)とされている。つまり、着任して1年後あるいは2年後に契約終了とされる可能性も大いにあるということになり、3年後には確実に契約終了とされる。このような雇用条件に置かれた教員が、果たしてAPUの教育について長期的視野から考え、そのために尽力するということが考えられるか。当事者の立場になって考えれば、着任してすぐに他の就職先を探し出すであろうことは必至である。また、時間を置かずして他大学に移らなければならないことが目に見えているので、それを可能にするために自分の研究業績を増やすことを重視しなければならず、それを差し置いてAPUの教育の質の向上のために時間を割いて取り組むことなど到底望むべくもない。

また、嘱託講師は一週間に12コマの授業+オフィスアワー1コマ(1コマ95分)を担当することになっているが、これは尋常ではない重い負担である。高校の教員であれば、一週間に多くて16コマ(1コマ50分)だということなので、これはAPUの授業担当コマ数に換算すれば約8コマに当たる。嘱託講師の13コマ担当は高校の教員のコマ数に換算すれば26コマということになる。高校の教員よりも一週間に10コマも多く担当している計算になるのである。ベテランの教員がこのような悪条件で勤務したいはずがなく、自ずと教育経験の少ない教員が教育経験を積むために着任することにならざるを得ない。

APUの教員組織整備計画に基づいた上級講師・嘱託講師制度には以上のような致命的な問題がある。これが本当に教育の質の向上のための制度変更であると見なせるか。教育の質の向上など微塵も関係なく、いつでもクビを切れる教員を雇いたいという教育機関としてあるまじきエゴのための制度改悪である。

このような制度改悪のつつがない遂行を、99年の継続雇用の説明を行うことによって着任させた日本語常勤講師の身分を保障することに優先させることには、全く合理性がない。

(2)抗告人の労働者としての地位を認めることは教員組織整備計画の根本的見直しを余儀なくさせるものではない。

APUは、新たに雇い入れる教員については教員組織整備計画に基づいて新制度の教員を雇い入れることができる。ただし、99年の継続雇用の説明を行うことで着任させた日本語常勤講師についてはその身分を保障するのが当然である。しかし、既に採用した日本語常勤講師の身分を保障したからといって、これらの教員が全員60歳の定年まで居続けることは考えられず、むしろこれまでもそうであったように他大学に移っていく教員が一定数あり続け、自然減となることが予想される。日本語担当の常勤講師はそもそも高く評価されていたのだから、APUに長くいることはAPUの教育の向上のためになることであるので、教育の質の向上を目指すのであれば、長く働き続けることを問題とすること自体おかしなことである。ともあれ、自然と減っていくであろうことが予想されるのだから、社会的責任を放棄して大学の信用を落としてまで、無理やりに日本語常勤講師をすぐに解雇することには合理性がない。

このように、新制度の推進を行いたければ、新たに雇い入れる教員について実施すればよいことであって、抗告人の労働者としての地位を認めることがすぐさま教員整備計画の根本的見直しを余儀なくさせるものではない。抗告人の地位保全と教員組織整備計画は、いずれかを立てれば他方が立たないというような関係ではなく、双方が共存することも十分可能である。

2 2002年着任時の説明会での説明に関する原審の判断について

(1)

原決定の21ページの下から5行目に、「(辞令交付式直後に)債務者は4年後に募集を行うと説明しており(なお、甲26、乙12の4及び債権者尋問の結果によれば、辞令交付式直後の債務者側の説明は、契約終了に際して再度常勤講師の公募に応募でき、それに受かれば再契約が可能であるとの説明だったとのことである。)、決して債権者が希望すれば無条件に契約が更新されるとの説明ではなかった。」とある。文言のみを捉えれば、そのように言うことも可能ではある。しかし、甲第26号証に記載している「公募に応募でき、再契約可能」の趣旨は、甲第35号証の1、1ページ中程に指摘しているとおり、*氏の「99年に継続雇用されるといわれたが、どういうことなのか。」との質問に対する回答として、「4年後に募集を行いますのでそれに応じていただければ大丈夫です。」と説明を受けたということであり、あくまで形式上応募という方法をとって継続雇用するという趣旨である。原審は、何らの理由も示さず、着任時の説明について抗告人と相手方に争いがあるのに、99年の*教授の説明内容について誤った主張をした相手方の主張を採用し、抗告人の主張を実質上排斥しているものであって、理由不備であり、誤った認定と言わざるを得ない。

また、仮に「再契約可能」との説明がなされ、その趣旨が「債権者が希望すれば無条件に契約が更新される」のでないのなら、99年の説明と異なるのであるから、その点を、相手方は、明確に説明すべきであった。上記のような、前後の経緯を無視して、表面的な言葉のみで抗告人の合理的な期待を否定した原審の認定は誤っている。

(2)

以上については、甲第25号証(*陳述書(4))の2ページ下から5行目〜3ページ9行目において、メール(乙12の4)におけるこの点の記述に対する趣旨もすでに説明しており、それに続いてこの点については同じ趣旨で甲第26号証も紹介している。さらに、審尋(2006年11月9日の第5回)の際も、抗告人が同様の説明をしている。

また、2002年の着任時の説明については、甲第17号証の2(*陳述書)にも抗告人の説明(甲35の1の1ページ)と同様のことが記載されている。

2002年3月末の着任説明会において、1年ごとの契約書だけを出されたので、抗告人は、99年の説明会での説明内容についてはどうなっているのだろう、と思ったが、ちょうどその時、*氏も同様に疑問に思い、99年の説明会で聞いた上記の継続雇用の約束のことを告げ、継続雇用と聞いたが、どうなのか、と質問した。この質問に対して、「4年後に募集を行いますので、それに応じていただければ大丈夫です。」とAPU側から回答があった。その際、「それは違います」「そんな約束はしていません」というような99年の説明会での説明内容が否定されるような発言は一切なく、大丈夫です、と言われたのだから、99年の約束がそのような形をとって果たされるのだと抗告人は理解した。抗告人は、99年の説明時は更新の際に募集に応じるという形をとるというような話は一切なかったので、形式的には少し違うと感じたが、基本的には99年の説明内容を何も否定されなかったので、安心した。1年毎の契約書には「任用期間:4年」ということについても何ら書かれていないので、それを越えた4年後のことについても書かれていないのは同様に受け止め、契約書には1年間の契約内容だけが記載されるもので、それをずっと繰り返していくのだと理解した。

3 略 

                          以上