2003年07月27日

官僚裁判官制度における裁判官弾圧の実態

安部晴彦 著「犬になれなかった裁判官--司法官僚統制に抗して36年」 
(NHK出版2001.5 ISBN 4-14-080609-5)

p57 「人間の生活は、真剣に自分や他人の幸福追求をはかっていけばいくほど、
必然的に社会的に、そして思想的・政治的にならざるを得ない。ある場合には、
それが一部の他人との対立関係をもたらすこともあるのであろう。しかし、そ
れが、「歴史」に責任を持つ「人間」の「家畜」とは違うところではないか。
そこでは、市民の生活をまもり、平和を求め、幸せを求める能動的な「動き」
の中に、「自分も」参加し、いっしょに苦労することが重要なのではないだろ
うか。」

p214 「これまで述べてきたとおり、裁判所・裁判官の問題に限定してみても、
現実の事態は深刻である。現在、日本の裁判官の置かれている状況について整理
して言及してみる。

現在の官僚統制は、有無をいわせぬ転勤制度と小刻みな昇給制度を
武器として、「公正らしさ」という意味不明の理屈を振りかざし、
裁判官の市民との接触の場を失わせている。その結果、裁判官たち
を、自主的な考えのできない、もの言わぬ裁判官に育てあげている。
裁判官自治は後退し、最高裁に集中させた管理権限を行使して、職
務の指定・配分を行い、裁判内容も含めて、一定方向へ向けて統制
された裁判所・裁判官にしていく。これが、日本の裁判官統制の方
向である。

そして、その方向が、政治勢力の望む方向にただ従うのみで、とも
すれば、憲法を護り、平和と民主主義を前進させ、人権を擁護しよ
うという動きに背を向げていることが気がかりなのである。

映画『日独裁判官物語』の中で、梶田英雄元裁判官は、裁判官に対
する人事上の処遇についての質問に対して、次のように答えている。

「具体的にいえば、一応三つあるのですがね。一つは任地ですね。
任地上の差別があります。これはやはり希望する所へなかなか行け
ない。それから二つ目は給料ですね。それから三つ目は部総括裁判
長の指名を受けられない。部総括裁判官というのは裁判長になるこ
とですね、合議体の裁判長。裁判官としては非常にやりがいのある
仕事なんですけれど、こういうポストになかなか就けさせてもらえ
ない。この三つが人事上の差別の非常に大きな要素になっているわ
けですね」。

裁判所は全国にあり、何処でも、いい裁判を受けることを期待して
いる人たち、国民がいる。裁判官それぞれには希望もあり、個人的
事情もあるが、誰もが希望どおりの仕事やポストに就けるものでは
ない。このことは誰でも理解している。

しかし、転勤、昇給、そして職務配分というような司法行政上の方
法手段を最大限に利用して、ある裁判官には極端な冷遇を、ある裁
判官には論功行賞的な厚遇を、意識的に、露骨に、あるいは巧妙に
もっていく「司法官僚統制」が進められてきたのが、残念ながら現
実の経過といってよいであろう。場合によっては「裁判官をやめよ」
といわんばかりの、狙いはそうとしか考えられない処遇を受ける裁
判官もいるのである。

tjst |7月27日 |URL:http://www.ac-net.org/dgh/blog/archives/000041.html |司法制度の形骸化 , 本の紹介
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