2004年10月31日(日) |1077595 visits since 2004.10.31 |AcNet Project

香田証生さんを偲ぶメッセージ集

[46] 証生さんへ。証生さんの名前を胸に刻んで生きていきます。(静岡/29歳女)2004-11-21 09:04:01

その日、仕事中(ホテルフロント) お客さんに売る用の夕刊が、 新聞やさんから届きました。 香田さんにそっくりの遺体発見という 記事が大きく載っていました。 (後に誤報と発覚)  −ものすごくショックでした。 たまらない気持ちになりました。 本当にかわいそうだと思いました。 なぜか、証生さんに心の中で、 「ごめんね。」と何回も謝りました。 (香田さんの死を無駄にはしない。 香田さんのことは 絶対に忘れない)と、 そのときは思いました。 その後、帰りのバス停の電光掲示板のニュース で、その情報は間違いであったことを知りました。望みがつながるような気がしました。   家に帰ってからも、証生さんが無事で あることを祈りました。 「祈り」というのは、自分の内側に ギュッと気持ちをためるような感覚です。 でも、夜の10時頃、急に体の力が ふにゃんと抜けて、どうしてもギュッと できなくなり、非日常的で霊的な感覚に おちいりました。 ー証生さんの魂が、地上ではなく、宙 に いるのを感じました。 そして、それを下に引き戻すことはもう絶対に できないことを感じました。 証生さんにはなんの暗さも悲壮感もなくて、 上の方から優しくご機嫌にささやきかけて くれました。言葉としては何を言っているのか分かりませんでしたが、光そのもののような存在で、何かをずっとニコニコとささやき続けてくれました。私は胸がジーンとして 気持ちがよくなりました。体と 心がひろがっていく感じがしました。 全くの他人の証生さんと、魂的な交流を してしまったのか、私の意識上だけのものだったのか、真相はよく分かりません。 次の日の早朝、香田さんの遺体発見という ニュースを見ました。 自分の昨晩の体験のせいか そのときはもう、なんとも思いませんでした。 ただ、ボーっと見てしまいました。ーー以前の私は、証生さんがかわいそうでたまらない、という気持ちを持っていましたが、それ以来とらえ方が変わりました。「かわいそう」だという風には感じなくなりました。昔、何かの映画で、 「その瞬間、彼の魂は苦しまなかったのだ。」 というような言葉を聞きましたが、 証生さんもそうであったと、私は信じています。ーー           それから3日後くらいに、仕事帰りに人と 二人でカラオケに行きました。 歌っている最中に、歌の歌詞などが 証生さんと重なったりして、 急になにかが高ぶって、ものすごく 泣いてしまいました。ーー虚栄に固まり、自己防衛能力にたけた、冷たい、「大人達」の姿が浮かびました。証生さんは、何も持たぬまま、一人で死んでいったのだと思いましたーー 普段泣くのとは 違って、自分の奥のほうの何かが 泣いてる気がしました。そういえば キリスト映画の「パッション」を 見たときも、そんな涙がでました。 知りもしない人のことでこんな風に なったのははじめてです。 私は証生さんが、とてもきれいな 高い魂を持って生まれてきた人では ないかと感じています。その試練は あまりにも大きなものだったのかもしれません。 私が以前は高尚なイメージを持ってたある雑誌などで、「イラクへ行くなど平和ぼけ」 だというようなことが書かれたりしてたときは、ちょっとびっくりしましたが、 そんなことばかり言ってるほうが、よっぽど平和ぼけだと思います。 根本的な解決策を考えることなく、 安易にそんなことばかり言ってるうちに、 事態はますます悪化して、今度は 私達の頭の上に爆弾が落ちてくるのでは ないか・・、というイメージが よぎりました。歯がゆいような、怖いような 思いがしました。あと、インテリでエリートの 立派な記者たちが、本気でそんなことばかり 考えるわけがない、これは本心ではなく、何かによって書かされてるのではないか、とも思いました。意図的な情報操作のようなものを感じます。「国の政策には何も問題はありません。 この事件によって、何か余分なことに気がついたり、考えたりしてはいけませんよ。」というような。 ーそんな思惑に、国民が子供のように まんまとのせられてしまうのでは、 あまりにもふがいないのではないでしょうか。 支配する者、される者の、悲しい構図がそこにはあります。  私自身、日々の生活に流されて、 今はあまり本質的な生き方もできていないの ですが、もっと、真実を求めて 勇気を持って生きていきたいと願っています。 証生さんの御家族にも読んでいただけたらとも思い、今回投稿させていただきました。      少し後になってからですが、「証生」という名前について、想うようになりました。 「生きて証する」というその名前は、思い浮かべるだけで身がひきしまり、生きていく力が沸いてくるような、魂の奥深くにしみこんでくるような、素晴らしい名前だと思います。 私は体が虚弱で、ダルく面倒くさく、ビジョンも何もなくなり、無気力状態になることがしばしばです。でも、この先、そんなときは、証生さんのその名前を心に刻んで、生きて生きて生き続けていくことを約束します。証生さんの名前に、それを誓います。      今、証生さんの魂を感じてみようとしても、あの日のように、それをすぐ近くに感じることはありません。証生さんは今はもう、もっともっと高く、本当の上にいるというように、私は感じます。そして今はもう、おごそかな、神のごとき沈黙を保っているように感じます。。    最近はめっきり寒くなってきました。 証生さんの25歳の誕生日がきたことも知りました。   証生さん、日本のこと、どうか許してください。証生さんは全てを許して微笑んでくれてる気が私にはしていますが・・。 証生さんに向って祈ります。ご冥福を お祈りしています。 

NHK World (2011.2.1) Real Life Lessons
(日本・イラク間の小学校交流)
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Radio Japan 2010.12.23
Saleem visits Kouda family
わが友「香田証生君」の死から1年をむかえて(2005年10月28日四ノ宮 浩
画家Maurice Loirand (1922-2008)(同夫人の詩人霜鳥和絵さんは「眠る詩人の木」の著者)のコレクションより:

La grande ferme