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香田証生さんを偲ぶメッセージ集

[386] 証生くん、安らかに眠れてるだろうか?(東京都)2010-09-17 12:47:29

5年ほど前、「証生くん、安らかに眠るな!」と青臭いメッセージを書いた者です。

ご両親がこのメッセージに応えて下さったことも存じておりました。何度もここを訪れておりました。この事件を政治的なメッセージに利用するなとの声がいつも心にひっかかっておりました。

しかしながら、相変わらず世の中は、メディアが取り上げる話題性をもった人の死については、ただならぬ関心を示します。例えば、事故に被災した市民や、病気で亡くなった有名人や犯罪で亡くなった市民等々あげればキリがありません。

私たち団塊世代の多くがリタイアして、山だ、島だ、海外だと豊かさを謳歌しています。私の友人の多くも海外旅行(物見遊山の)を楽しみ、きれいな絵葉書や画像付きメールがよく舞い込みます。もちろん、非紛争国からです。また、少なからぬ人々はwebサイトを立ち上げて、美しい自然、花や鳥やなど生き物を高規格の機材で取材し載せて案内がきます。

しかし、野山の美しい花の画像を自らのHPに取り上げて「また今年もこの花に会いに来た」と花を擬人化して愛でる人々が、私たちの国が給油や後方支援などして、アフガン、イラクで無辜の人々を殺戮していたことに全く無頓着でいることいに違和感を覚えることも事実です。否、そういう事実を知らないのならともかく、知っているのに指摘すると「それが何だ、我々に何をしろと言うんだ」と迷惑そうに議論を拒否する現実に、私は歳のせいもありますが疲れを感じてきました。もちろん何時もそんなことを言っているわけではありませんが。

最近、ようやく日本でも疑問の声をメディアで取り上げるようになった「9.11テロの真相」についても、今さらながらという感じを持っています。アフガン・イラク攻撃の大義名分はヨーロッパ諸国ではすでに崩れているというのに。

もちろん私だって、それらの限りない不条理を意識して毎日生きているわけではないのだけど、その不条理なことに痛みを感じて行動を起こしている人々に対して何らかの後ろめたさを感じる神経は持ち合わせているつもりです。

山に出かけて森の手入れをしている時だって、ふと手を休めて山のさわやかな空気を感じて幸福な時間を味わっていても、こんな傷ついた森の手入れどころか、傷ついたり、瀕死の自分の肉親の介抱だって出来ない人々が居ることを何処かで認識しています。しかも私たちの国の為政者たちがそんな不条理に直接手を貸していた。

私たち団塊は、平均寿命がのびて未曾有の高齢化社会に突き進んでいます。証生くんのように優しい前途ある青年を、多くの無関心という作られた民意によって死に至らしめた事実を私は忘れていないつもりです。彼の無念さを一人でも多く共有するようにしたいと思っております。 彼の死を悼むとすれば、彼をそうさせた不条理を忘れないで発信、行動することだと私は頑固に思っています。

NHK World (2011.2.1) Real Life Lessons
(日本・イラク間の小学校交流)
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Radio Japan 2010.12.23
Saleem visits Kouda family
わが友「香田証生君」の死から1年をむかえて(2005年10月28日四ノ宮 浩
画家Maurice Loirand (1922-2008)(同夫人の詩人霜鳥和絵さんは「眠る詩人の木」の著者)のコレクションより:

La grande ferme