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香田証生さんを偲ぶメッセージ集

[56]  ありがとう(ドイツ/25歳女・福岡出身)2004-11-23 03:08:40

このサイトに偶然出会い、私のこの行き場のない気持ちの置き場が少し見つかった気がした。今、私はドイツに住んでいる。だから、証生さんのこともこちらのニュースで知った。それを知ってからは、ネットにかじりついて一刻一刻変わって行く状況を必死で追っていた。ハッキリ言って、はじめに、彼が政府関係者でもなんでもなく、ただイラク入りした若者だという事実のみが伝えられていた時は、無知な人間が行っちゃったんだな、ばっかだな〜と思っていた。その後テレビで証生さんの声と言葉、映像を見て、一気にその気持ちが180度変わったのを覚えている。彼の表情、声、発する言葉全てに彼の人間性そのものが表れていたから。純粋さ、誠実さ、自分と、そしてこの世界と葛藤しつづけ、もう少しで答えが見つけられそうな時に、こんなことになってしまったやるせなさ、悲しさ、後悔、家族とそのほか自分を取り巻く全ての人に対する謝罪の気持ち、絶望・・・・・それら全てが彼の透明な、でも熱い熱い心を通じて発せられていたからだ。
そして、彼は平和のためにそこへ足を運んだ。平和ボケだという人がいるみたいだけど、彼は平和ボケなんかじゃない。彼は、ただただずっと日本にいて日々に流されていたら、それこそ平和ボケになってしまう、だからそうならないために日本という国から離れて、人々が苦しんでいる地に向かったのだろう。もちろん、それはあまりに危険すぎる。でも「危ない場所に行った。だから、殺されるのは当然」という考えは無慈悲極まりないし、その考え方は、テロリストと同じ立場にあると思う。なぜなら、それは彼を殺したテロリストたちに対して「そうだよね、彼がそこにいたんだから、殺したんだもんね」といっているようなものだ。なぜ、そのような人達は、根本である、テロリスト、戦争、そしてアメリカという悪を批判せず、証生くんを批判するのだろう。彼は、全く、全く、悪くない。ただ、平和を願っているのに何もできない自分を奮い立たせて、危険な地に飛び込んだ一人の尊い希少な若者だ。そのあとの自分の人生のために、世界平和のために、日本に帰る前に実際にそれを見なくては、と思ったのだろう。「イラクに行きたい」というよりもむしろ、「イラクに行かなくては」という気持ちだったと思う。

私も、戦争を憎み、平和を強く望む人間の一人だ。そのためになにができるかいつも考えている。他のメッセージで彼のイラク行きは勇気ある行動だと書いている人がいたが、私は彼がイラクへ行ったことは勇敢なことだとは思わない。そして、平和のために何かしたくて、イラクの戦争を目に耳にするにつけ、胸を痛める人たちがイラクへ行かないのは、勇敢ではないから、というのも違うと思う。私たちがその地へ実際に行かなくても、平和に貢献できる方法はいくらでも在る。ここにメッセージを残すこともそのひとつかもしれない。だって、その場へ行って命を落としてしまったら、平和のために行動する人生すら失ってしまうから。彼がその地へ行ってしまったのは、確かにリスクが大き過ぎた。だから、そこに行く前に、彼に他の方法での平和貢献にも目を向けてほしかった。彼に生きていてほしかった。何よりも悲しいのは、彼自身、なにひとつ彼の想いを語ることができないまま命を奪われてしまったこと。私たちは、彼の空気、行動から、いろいろなことを考え、憶測し、それを表現できるが、誰も彼の本当の想いを聞くことが出来なかった。無念極まりない。

このサイトのメッセージではじめて、日本でそんなにも彼が非難されている事を知った。なんで?平和を望んで、危険を承知でその場へ行くということは、殺されるべきことなの? 私は周りのドイツ人にもこのことを話した。彼らは皆、証生さんのことを悪く言う社会、そして遺族に誹謗・中傷の電話、メールをする人間が存在し、またそれが少数ではないことに信じられない様子だった。もちろん、私も大きなショックを受けた。日本人はもっとあたたかさを持った国民だと思っていた。でも、それはうわべだけで、いざ人が絶体絶命の窮地に立たされたら嘲笑ったり、批判したり。もし、証生さんのような行動力に満ちた人間が代償を払うべきだというのなら、充分でしょう。充分すぎるでしょう。彼は、殺されたんだよ。充分でしょう。そのあとにとやかく彼を批判する余地など全く無い。そういう人間は、イラクみたいな遠い国で何が起ころうと、日本人が(どこの国の人間でも)殺されようと、日本が永久にアメリカの奴隷でいつづけようとも、自分の毎日が安泰ならそれでいいんだろう。なんて悲しい人生。そんな人生より、証生さんの短い、強い一生の方が比較できないほど、輝いているし、意味がある。

  彼の遺体発見の前日、私は一睡もできなかった。そのあとも苦しい夢を見る夜がまだ続いている。彼の事件をきっかけに、それまで以上に世界情勢、日本について考えるようになった。そして、この世界には、なんて理不尽で腹立たしいことが多いのか、日本国民、日本政府はなんてふがいないんだろう、と全てに嫌気が差していた。でも、このサイトで日本にもまだまだ自分をしっかり持った人がいるんだな、と希望を覚えた。

だから、私たちで平和にしましょう、この世界。証生さんの輝く魂と共に。私も彼のことを思うと、たまに涙が出てきてしまうけど、そんな時は、これからは涙ではなく、力と勇気を出すようにしようと思う。私はあきらめない。証生さんもあきらめなかった。だから、あなたもあきらめないで。みんながあきらめなかったら、必ずこの世界は良くなっていく。大きな事をしなくてもいい、ただ平和を願い、自分の意見を堂々と持ち続けましょう。あなたがそれをやめれば、平和への扉も一枚閉じてしまうから。

証生さん、私たちを目覚めさせてくれてありがとう。あなたが今いる場所は平和なんでしょうね。ここはまだ、戦争してますよ。でも、私はあきらめませんから、見守っていてください。ありがとう。

香田さんのご遺族の方々、なんといっていいか言葉も見つかりません。ただ、政府、国民に謝るのはもうやめてください。迷惑をかけたなんて思わないで下さい。私は、迷惑どころか、証生さんから、言葉では言い表せないほど、大きな尊い気持ちと生きていく意味を頂きました。ありがとうございました。ずっと、ずっと、あなたたちの息子、弟、孫である証生さんを誇りに思っていってください。私は、彼のような逞しい、尊い人と同じ時代に生き、同じ想いを持てたことを、とても誇りに思っています。 そして、心無い人間の言葉に、胸を痛めつけられていることと思いますが、どうか、私のような人間もいて、しかも他にもたくさんいるんだということを忘れないで下さい。今、証生さんは、あなたたち、そして私たちの心の中にも確実に生きています。

     証生さん、ありがとう

NHK World (2011.2.1) Real Life Lessons
(日本・イラク間の小学校交流)
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Radio Japan 2010.12.23
Saleem visits Kouda family
2007年の今頃
13-07-04 クラスメイト 香田君へ ( 福岡県 / 宗像市 )
わが友「香田証生君」の死から1年をむかえて(2005年10月28日四ノ宮 浩
画家Maurice Loirand (1922-2008)(同夫人の詩人霜鳥和絵さんは「眠る詩人の木」の著者)のコレクションより:

La grande ferme