|
「国大協がもし『次善の策』を取らざるを得ない事態になれば,われわれとしてもその線で国大協を”バックアップ”して,一致してがんばらなければならない」というような意見が出そうな雰囲気が何となく感じられる.単なる私の思い過ごしであればいいのだが.しかしこのようなイデオロギーの発生をあらかじめ想定してこれへの批判を考えてみたい.
国大協の「説明責任」まず,国大協の6月14日の立場は,私が批判したように原則的だけでなく,戦術的にも誤りであると言うことを指摘したい.国公労連が批判したように,国民の理解や支持を得るという立場,その努力をしようという気持ちがない.国大協がこの面で最大限の努力をして,それでもどうしても国民の理解が得られないというのであれば,「条件闘争」もやむを得ないかも知れないが,実は本気でそれをやってはいないのである.文部省の指令があったのだろうが,ほんの数年前に全国の傘下の大学の評議会で反対決議をやったが,こんどは全部の教授会でこれをやるように国大協自身が encourage すべきであろう.これは世論やマスコミへのかなりのアピールになるはずだ.そのような,いわば予算ゼロで出来る活動さえもやろうとせず,「強く反対するという姿勢は維持され」る,などと言っても信用されないのは当然である.国大協から論客を送り込めばこちらの要求が入れられる,と考えるのも幻想にすぎない.ゲームのルールはすべて文部省が作るのである.過去の例を見ても,たとえば大学審議会に大学関係者が何人も入ったが,結局それがどういう役割を果たしたのか,決算はすでに出ているのだ. 国大協の本音がもし屈服であればはっきりとそう言うべきだ.そうすればそれなりに責任の所在も明確になる.最も卑怯なのは責任を取ろうとしないことだが,それが今回の「玉虫色」だとすれば困ったことだ. ところで,国大協はその名前の通り互いに協力し合うための会であって,中央集権的に決定を「会員」に強制する権限を持つようなものとは見なしにくい.会則第4条,第5条を見ればこのことは明らかだろう.(さらに言えば,国立大学廃止を承認するような決定は会の「目的」に反する疑いもある.)したがって個別の大学が国大協の「決定」と異なる態度をとるとしても何の問題もないのである.もちろん個人については言うまでもない.
取るべき態度次に,この問題を真剣に考えようとする個人やグループはどうすればいいのだろうか.初めに述べたような国大協追従のイデオロギーは,国大協へのメンタルな殉死とでも言うべきものだ.どのような個人やグループ(教授会,個別大学,組合など)も,名実ともに原則的な立場をとり続けるべきだし,またそのことによる何の不都合もない.そしてこのことは「最後の審判」の日まで「公論」を続ける基盤を持つことであり,また,かりに行政法人化が国会で決まるとしても,いくつかの大学が国立大学として残る可能性につながるだろう.(実際,有馬朗人氏はそのような可能性について言及している.)そして,来るべき真に独立した地位を得るであろう日に備えるべきなのだ.かつての全国一律教養部解体のような愚かしいことはくり返すべきではない.(有馬氏は物理学会での講演でこれをとんでもないことと評した.)今度は教養部解体の比ではない.国立大学がまるごと,いわば「省令施設」* になってしまうのである. この問題でも,かつての教養部解体問題でも,だれもクビの脅しをかけられている人はいないはずだ.私個人の例にすぎないが,佐賀大学の教養部解体には私は最後まで反対したが,そのことで一円の不利益も受けたことはない.(有馬氏からはむしろ褒めてもらえるかも知れない.) それでも,「対応がバラバラだと権力にやられてしまう」というようなお決まりの意見が出てきそうだが,これも間違いだと思う.もちろん原則的立場を堅持して統一できるのであればベストであるが,これとは反対に,一部が(あるいは多数が)変節したからと言って何も全員がそれにつき合わなければならないはずはない.国大協は大学の自由を守る砦の一つになりうる可能性はあるが,もしその障害物に変わったときは批判の対象にしなければならないというだけである.国大協は組織の形態の面でも,総会メンバーを学長とし,一般構成員の実効的な意見反映の制度的保障を持たない家父長的な性格のものである.自由を守る砦は他にもあるし,また作らなければならない.
”価値相対主義”は危険これからの対応を考える上で重要なヒントを与えてくれる「故事」がある.「茹でガエル」という話を聞かれた方は多いだろう.最近よく引き合いに出される話である.原典は知らないが,何でもミシガン大学のある教授の実験ということらしい.カエルを熱い湯に入れると飛び出して逃げるが,水から少しずつ温度を上げると逃げずにそのまま死んでしまうという実験である.本当かどうか知らないが,何となく尤もらしい.そしてこの「故事」を使って例文を作ることは誰でもできるが,やはり自分自身に適用することは難しいようだ.行政法人化は数年前まではとんでもないこと,大学にとって致死的なものだったはずだが,文部省の妥協,国大協の玉虫色化というように少しずつ徐々に「温度」を上げられると,みんななかなか暴れて飛び出そうとはしない.むしろ苦しみもだえている人間が風変わりに見えるようだ.茹でガエル第1号はどうやら国大協になりそうだ.しかし,くり返すが,みんなが道連れになる必要はない. 「大勢」がそうなった以上,もはやこの流れに乗るしかない,と考えて,何となくぬるま湯に浸かろうとする人も増えるだろうが,問題は温度感覚が麻痺してしまわないかということだ.この話の一般的な教訓は,体感温度に頼ってはならず,絶対温度計をいつも見ていなければならないということだろう.その温度計の重要な目盛りは憲法23条と教育基本法10条のはずだ.
* 学部は「政令」で,教養部は「省令」で設置が決められているので,よく後者が格下と見られたものだ. |
|
論点3:国立大学の解体は成功するか? ——以上見たように、国立大学の解体はグローバル資本主義の中で生き残ろうとする財界=独占資本の戦略の一環であり、いわゆる規制緩和論や民営化論、社会ダーウィニズム論と同じ問題意識の中にある。しかし、アメリカ主導のグローバリゼーションがヨーロッパや発展途上国、シアトルのWTO会議におけるNGO の反対などに見られるように多くの矛盾と困難を抱えていることも事実である。また、国内でも独法化に向けた政府のスケジュールが多くの国民の反対で修正や手直しに追い込まれた。本来、大学は長期的・基礎的研究が主眼であって、そのことは大企業の求める短期的・応用的な研究開発とは矛盾する側面がある。大学人がこの問題をあきらめず、折に触れて問題点を指摘し、粘り強く国民に訴えてゆくならば、決してこの路線を撤回させることは不可能ではないし、むしろ高等教育の国家管理統制強化の方向は時代錯誤の誤った方向であることが次第に明らかになるであろう。ヨーロッパでは高等教育は国民の共有財産であり、無償の流れが確立されている。日本を「神の国」と考える人が総理大臣を勤めるようなヘンな国でなく、「教育と研究は一部の人間の独占物ではなく、国民全ての共有財産である」、そんな常識が生きる普通の国、普通の市民社会が根付く日本にしたいものだ。 |
Date: Thu, 22 Jun 2000 16:05:08 +0900 From:Yuichi WATANABE Subject: [reform:02935] プロジェクト研究費配分は大きな成果を産まない To: reform@ed.niigata-u.ac.jp各位: 校費をカットして、そのプールをプロジェクト経費として学内公募する動きが、伝染病の様に広がり始めた。じっくりと研究を積み重ねてきた能力ある研究者なら、この配分が非効率的、非効果的なものになるのではないかと「直感」するものの、応募しなければ損だから、仕方なく認めるという態度へと向かうのが現実ではないかと身辺の動きを見ても思う。 このプロジェクトにいち早く踏み切った新潟大学に籍を置く一人として、プールした何億円もの金を「泡(or 粟=誰かが濡れ手で掴む)」の様に分け与える事は、今はやりの tax-payers に本当に胸張って実施する行為では決してないという立場から、直感ではなく、事実をもって主張しようと以下の記事を送付したい。 あちこちでプロジェクト方式が取り入れられようとしているこの時点で、このような愚かな制度でムダに金を使うことそ阻止する論拠として利用願いたい。
資料科学技術白書 1997(平成9)年度 第一部 開かれた研究社会の創造をめざして 第二節 研究者や民間企業はこう考える 科学技術庁の委託により、政策科学研究所が国立試験研究機関の中核的研究者を 対象に行った調査の結果: p.21 最大成果を上げた研究についての、促進的・阻害的要因 (図 1-2-5) ++成果に促進的に働いた因子+++++ (高いものから順) P1)自分の関心・意欲が生かされた P2)自分の知識・技術・経験 P3)研究者に許されたテーマ運営の自律性 P4)所外研究者との研究交流 P5)学会参加・発表の自由度 P6)研究に注力できる個人生活・研究所生活 −−研究に阻害的に働いた因子−−−−−(低いものから) M1)研究雑務の処理体制(不備) M2)研究資金使用期間の制約(予算年度などの) M3)研究者の処遇システム M4)研究所を対象とした評価制度 M5)研究資金用途の制約(費目間の流用制約など)筆者コメント: 学部や組織を横断したようなプロジェクトが推奨されているが、研究の最大の成果はやはり自由なテーマ設定(P1〜3)など自分の関心に沿った研究活動の保障であることがわかる。 他方、阻害因子の4番に注目すべきだろう。研究組織評価(M4)は研究をむしろ阻害しているのである。これに予算申請のための書類、内部の審査委員の選出と決定プロセス、一年もない予算消化期間(M2)の後に成果報告書を書かせる「雑務」の増加により、研究に注力できる生活(P5)は破壊される p.23 最大成果をあげた研究資金の性格 (図1-2-7) 第一位)研究所の経常的研究費(均等配分)50.2% 第二位) 国の助成費・政府出資金 43.8% 第三位) 研究所の重点配分 26.3% 第四位) 官民の共同・受託研究費 11.5% 第五位) その他の研究費 11.8%筆者コメント: ここでも均等に配分することが、成果を上げる研究に結びつく結果がでている。学内の審査で配分を行う行為は第三位の研究所内の裁量にもとづく重点配分に相当すると思われるが、大変この寄与率は低い。 まとめ更に詳細なデータを加え、新潟大学の中では、研究成果と予算についての勉強会(主催は未定)を開催しようと考えている。もし新潟だけで惜しいと思われる北陸(or 関東周辺)の大学の方があったら、少し集まってこのような会を催す必要もあろう。法人化に反対するとともに、少しでも国民の税金を研究の成果に結びつく方向を指向するのは、我々が一瞬も忘れてはならない、最も重要な義務である。 科学技術立国体制に伴い、任期制が持ち出されて以来、予算の重点配分、評価に伴う配当を官僚が主導して言い出した時から、科学技術白書(有馬氏の氏名が冒頭にあったのでこの書はいかがなものかと思ったが、何と大変役)に立つデータが含まれており、図書に眠らせておくのは、惜しい書物である事を知った。 真実を明らかにする研究にそんな莫大な金が要るものか、我が国の基礎研究を発展させる元となった、均等配分の経常費のメリットは強調してもし過ぎることはない。上の事実を大学で調査するならば、更に経常費の重要性が高まると、少なくとも投稿者は予測している。 学内プロジェクトが始まったとたん、組合活動を相当経験した者までもが獲得に走る姿を露にするのは、まさに現実主義者への転向としか言い様がない。
|
|
国立大学を国から切り離して民間企業的な視点を導入する「独立行政法人化(独法化)」が具体的に動き始めた。文部省は全国の国立大学を個別の法人とする方針を5月に正式表明、法的な問題の整備のために大学関係者や識者による「調査検討会議」を設けるなど着々と準備を進めている。大学側は「(一般的な規則を定めた)通則法による独法化には反対」との姿勢を崩さず、大学の意向を強く反映させた形での独法化案を作りたい意向だ。今月13、14日の国立大学協会総会での議論を中心に、動きを追った。 【澤 圭一郎】
「独法化を受け入れた形ではない。最終的に(大学にとって)理想的な形態でなければ、その後に新たな問題が起こるだろう」今月14日、東京都内で開かれた国大協総会後の記者会見で、蓮實重彦会長(東京大学長)はそう話した。国大協はこの日、文部省が独法化のプロセスとして設置する調査検討会議について「(国大協としても)積極的に参加する用意がある」とのコメントを発表。これに対し、記者から「事実上の(独法化)受け入れなのか」と質問されての答えだった。 あくまで独自の路線を取り、文部省の言いなりにはならないという決意表明のようにも聞こえた。
|
|
「国立大学協会は、第106回総会において、次の4点を全会一致で確認した。 1 5月26日の文部大臣の「説明」以後も、国立大学協会は、国立大学の設置形態に関して、これまで表明してきた態度を変更する必要があるとは認識していない。すなわち、すでに法制化されている独立行政法人通則法を国立大学にそのままの形で適用することに強く反対するという姿勢は維持され、今後も堅持されるだろう。 2 教育、研究の質のさらなる向上によって、国民の利益の増進と、地域社会、人類社会の持続可能な発展に貢献することを目指し、その実現にふさわしい国立大学の設置形態を検討するために、副会長を正副委員長とする「設置形態検討特別委員会」を国立大学協会内部に新たに設置し、この委員会を中心に、文部省をはじめ、内外の各方面への政策提言を積極的に行う。 3 上記の二点を踏まえ、かつ、我が国の高等教育と学術研究の健全な発展に資するために、国立大学協会として、文部省に設置される予定の「国立大学の独立行政法人化に関する調査検討会議」に積極的に参加し、そこでの討議の方向に、国立大学協会の意向を強く反映させるための努力を行う用意がある。 4 一国の高等教育政策は、国民、地域社会、人類社会の利益という視点から、長期的な展望のもとに議論されねばならず、それには、国際的動向をもふまえた恒常的な政策決定の機構が必要である。国立大学協会は、この際、科学技術基本計画に対応する学術文化基本計画の策定を課題とする議論の場の設定を強く訴えたい。」
|
|
(記者)法人化そのものは是とするが、独立行政法人制度は好ましいものではないので、理想的な法人化を目指すために参加するという理解で良いのか。 (会長)かならずしも、そこまでいくのかもわかりません。私は個人的にはそのように考えるのが普通だと思いますが、しかし、最終的にまったく理想的な形態がそこに成立しなければその後新たな問題が起こるだろうというふうに考えます。 ... (記者)仮に独法化になった場合のことも特別委員会で議論されるのか。 (会長)仮になった場合という条件を今回まったくつけておりません。今回仮になった場合に検討して下さいというふうに、特別委員会にお願いしたわけではりません。例えば、先ほども申し上げましたように、法制化しえない問題というのはたくさんあるわけですね。例えば、GDPの何パーセントを高等教育に投資すべきであるかといったような、そのような問題をもそこでお願いすることになるであろうし、仮になった場合の細かいことをぜひこの場でお願いしようというように、この総会が特別委員会に委託したというふうには、私は思っておりません。 |
|
文部大臣のもとにある「今後の国立大学等の在り方に関する懇談会」(俗に「賢人会」という)の下に「調査検討会議」がおかれる。
この調査検討会議は、4つのWG(各15人程度)、全体で60人ほどの構成 第1グループ:法人の基本問題 第2グループ:目標・計画・評価等に関する問題 第3グループ:人事システム 第4グループ:財務・会計システム以上の4つのWGには、国立大学の学長を3人入れ、他には外部の有識者(公立大、私大、経済界、マスコミの代表など)5人、研究者代表5人(これは部局長などを想定)、それに国立大学の事務局長から1人、地方のバランスを考慮して編成する。 各グループには、それぞれ国大協の第1常置委、第8常置委、第4常置委、第6常置委の委員長がその座長を務め、委員から2人ずつ参加を求めるというもの。 各グループの調整のために、連絡調整会議をおくことも検討しているという。国大協総会では、この調査検討会議に参加することそのものへの異論もでたが、最終的には発表されたようなことになった。国大協会長は賢人会または連絡調整会議に参加していくべきとか、参加する場合には各委員が国大協の意を踏まえていくべきとか自由な立場でいいとかの議論もあった。 最終的には発表されたようなことになった。 |
会則28条に基づいて2000年6月13日までに国立大学協会に提出された意見書 |
国立大学協会声明「国立大学の独立行政法人化(エージェンシー化)について」(1997.10.21)
首都圏ネット声明:文部大臣説明の虚構と国大協の責務(2000.6.5)
日本科学者会議「国立大学の独立行政法人化に対する第二次見解」(2000.5.19)より(抜粋)
北大ネットワーク声明(2000.6.5)
国立大学農学系学部長会議声明(2000.6.2)
国公立大学のみなさんへ(2000.5.27)
国立大学長・大学共同利用機関長等会議における文部大臣説明 (質疑応答,目次付,新聞報道)
文部大臣・科学技術庁長官 中曽根 弘文 殿(2000.5.20)
国立大学協会殿(2000.5.20)