2004年10月31日(日) |1068163 visits since 2004.10.31 |AcNet Project

香田証生さんを偲ぶメッセージ集

[57] 今は亡き証生さんへ。(大阪/学生)2004-11-23 16:11:40

この事件をニュースで始めて知ったあの日のことはよく覚えています。 「なんやこの人、なんでイラクに行ってるん!?」 それが私の感想でした。たったそれだけで、それからも特に何も思っていませんでした。

そして数日、証生さんは殺された。 そのときは「あぁ・・・殺されたんか・・・」と、ただその現実を受け入れた。

その数日後。知り合いからの一通のメール。 「香田証生の殺害動画がネットで流れてるらしい」 ぞくっとした。 でも私は、何かに取り付かれたように、その動画を探した。すぐ、見つかった。 でも・・・DLできなかった。私の手は震えていました。 そして、この事件の真相が気になっていったのです。

ネットで証生さんの記事を見つけると熟読しました。 事実を知っていくたび、胸が痛く、心が締め付けられました。 証生さんがイラクにいったのは「旅行」っていう簡単な言葉で片付けられてますが、イラクに行く前に「嘘がはびこっている」と、言っていたそうです。そしてその現状を目の当たりにすることで、なにか自分や日本ができることがないか、それを見つようとしたんじゃないでしょうか。そんなん、観光目的なんて言葉は何か間違っているように感じます。

証生さんのことがわかっていく上で、生きていた証生さんをもう一度見たい、とニュースで放映されていた映像をDLし、見ました。 私が初めてみたニュースは、小泉さんに撤退を訴えていたシーンのみでした。 しかし、続きがあったんですね。 「すみませんでした。また日本に帰りたいです。」 すごく悔しくなりました。そして、怒りをおぼえました。

その日から、証生さんのことが頭から離れなくなりました。悲しくて、涙がでたときもあります。 自分のした行動の軽率さは、一番本人がわかっていた。それでも、自分の目で確かめないといけない、と危険は承知で、行かずにはいられなかった。。。あの言葉で、そう、感じさせられました。

日がたって、私は、生きていた最後の証生さんの姿が見たくなった。彼の死は、なんだったのか。。現実を受け入れたくなくなっている自分がいました。 そして、DLした。鼓動が早まったその瞬間、その映像は始まっていた。目をそらすことができなかった。 彼の最後は、とても静かなものでした。

イラクが、世界が、平和に戻ってほしいと願っていた証生さんが、こんなむごい殺され方で殺されるなんて・・・。目には涙がたまっていました。

日本って、無力だなぁって、ほんとに思いましたよ。たった一人の人間の命ぐらい亡くなってもじゃなくて、たった一つの命くらい簡単に救えることもできない。 勇気ある青年には批判しか飛んでない。 なんか、くるっていってるような気がします。

きっと私は、この事件を一生忘れることはないでしょう。 残されたご家族の方、親友のみなさん、がんばってください!批判とか中傷とか気にしたらだめです!!証生さんは、きっと、やるべきことをやった。その成果を、日本に持って帰ることはできなかったけれど・・・。

証生さん、安らかにお眠りください。ご冥福をお祈りいたします。。。

NHK World (2011.2.1) Real Life Lessons
(日本・イラク間の小学校交流)
(=> QuickTime形式ファイル )
Radio Japan 2010.12.23
Saleem visits Kouda family
わが友「香田証生君」の死から1年をむかえて(2005年10月28日四ノ宮 浩
画家Maurice Loirand (1922-2008)(同夫人の詩人霜鳥和絵さんは「眠る詩人の木」の著者)のコレクションより:

La grande ferme