2004年10月31日(日) |1068118 visits since 2004.10.31 |AcNet Project

香田証生さんを偲ぶメッセージ集

[76] 香田クンの死を無にしないためにも(東京都)2004-11-29 21:04:30

今日は折りしも香田クンの25回目の誕生日です。そしてあの忌まわしい事件からはや1ヶ月が経とうとしています。 正直なところ、事件がおきるまでは戦争やイラクへの関心は対岸の火事といった感じでした。しかしこの事件を通じて人事には思えなくなりました。 香田クンへの批判、特に行動の軽率さが世論では言われています。しかし今の世の中、自分を探し本質と向き合おうとする人がどれだけいるでしょうか。私はこの世論に対しては当初から疑問視していました。多勢が優勢な現代の日本において批判するのは簡単です。しかし個人レベルでの感情や考えを抑制し、臭いものには蓋をするといった姿勢が見事に露呈したと考えます。むしろ自分と向き合おうとした香田クンは現代の日本人が持っていない姿勢であり評価に値すると思います。 殺害動画を興味本位に見る、殺されて当然という意見などは決してやってはいけないことだと思います。かつて人の命は地球より思いと言った首相がいますが正にその通りだと思います。たとえどんな人であっても生きることを取り上げる権利は誰にもないと思います。 そして今回の事件で一番軽率だったのは香田クンの行動ではなく、小泉の「テロには屈しない」と言う発言だったと思います。もちろん姿勢そのものを批判しているわけではありません。ただ、言うべきタイミングが余りにも軽率すぎます。あの時点では人質者情報の収集、テロリストとの交渉機会の確保が最優先だったと考えるからです。あれでは宣戦布告をしたも同然です。この発言に関しては私も発言撤回を何度となく首相官邸、自民党に訴えましたが何の返答もありませんでした。 香田クンは日本国民であり、民間人です。国民としての安全保障の権利があります。政府はそれを放棄したと思ってなりません。更には社会的地位といったもので批判の世論を作り上げた姿勢、これは許しがたきことです。 もう香田クンは還ってきません。我々はこの一人の未来ある青年の死を決して忘れてはいけないと思います。そしてそこから命の大切さ、生きることの意味、戦争について等学ばなければならないと思います。それが香田クンへの追悼であり、香田クンの生きた足跡を無にしない唯一の方法だと思います。

NHK World (2011.2.1) Real Life Lessons
(日本・イラク間の小学校交流)
(=> QuickTime形式ファイル )
Radio Japan 2010.12.23
Saleem visits Kouda family
わが友「香田証生君」の死から1年をむかえて(2005年10月28日四ノ宮 浩
画家Maurice Loirand (1922-2008)(同夫人の詩人霜鳥和絵さんは「眠る詩人の木」の著者)のコレクションより:

La grande ferme